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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第二部:諦めること
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姉の企み1

 世界がシャッフルされたような感覚がスッと消え、現実に引き戻される。


 馴染みある硬さのマットレスが背中に触れ、意識が徐々に現在へと戻っていく。


 腰高の窓から差し込む明るい光が、部屋全体を淡い金色に染めていた。


 机の上に積み上げられた教科書とノートが乱雑に置かれている様子が目に映る。課題を片付けられずに後回しにしてしまった事実を物語る痕跡だ。椅子の背にかけられた濃紺のローブの上には、脱ぎ捨てたままを示す、制服の黒いネクタイがだらりと垂れていた。


 ゆっくり瞬きしながら、確認するように手を握り締めてみた。指先から、ここは現実だという感覚が少しずつ体に馴染んでくる。


 ふと視線を横に向けると、アシェルが目に入る。


 彼は私のベッドに腰を下ろし、ヘッドボードにもたれかかっている。そんな彼の手には、しっかりシナプスレコーダーのデバイスが握られている。


 切りすぎた前髪から覗く、彼の紫の瞳はぼんやりと虚空を見つめていて、記憶の旅で得たものを反芻しているようだった。


「……戻ってこれたみたいね」


 ぽつりと呟くと、彼はゆっくりとこちらを向いた。


「……ああ。今度は完璧だ」


 彼は静かに呟く。どうやら自分の成果を噛み締めているだけのようだ。


「いつになくぼんやりしているのは、感動して言葉を失ったからかしら?」


 止まり木の上にいる、羽根を青く光らせたカラスが嘴をカチカチと鳴らしながら喋りかけてきた。


「説明しても良かったの。でも、あなたが体験してこそ意味があると思うのよね」


 艶々とした羽を広げながら、まるで評論家のような言い方をするのは、姉の魂の欠片が入ったエテルナキューブを飲み込んだカラスだ。


「恋愛の話って、下手をすればどこにでもある陳腐な物語になってしまうでしょう?」


 姉はゆるりと羽ばたくと、ベッドに降り立つ。


「私は叶わぬ恋をしていた。簡単に言えばそういうことになるけれど、実際は様々な葛藤を抱えた感情の上に成り立つもので、叶わぬ恋だなんて、そんな一言で片付けられるものではなかった」


 チョンチョンとベッドの上を歩きながら、彼女は、寝転ぶ私のお腹の上に乗ってきた。


「そのことを、あなたはもう知っている。そうでしょう?ロッテ」


 姉の言葉に頷き、私はゆっくりベッドから身を起こす。


「カァーカァー!急に体を起こさないで!」


 姉は怒りながらバサバサと羽の音を立て、とまり木に戻っていく。


「で、お姉様は今度は私に何をさせるつもり?」


 とりあえず喉を潤そうと、ベッドから立ち上がる。


「まるで私が無理矢理あなたを動かしているような言い方はやめて」


 止まり木に戻った姉が反論してきた。


「だって、そうじゃない」


 少しふらつきながらも、床に落ちた月の形をしたクッションを拾い上げ、ベッドの上に戻す。


「何か目的があるから、お姉様は私に自分の記憶を見せているんでしょ?」


 数歩進んでたどり着いた先にある、小さな魔導冷蔵庫の扉を開けながら、姉に指摘する。


 中からキンキンに冷えたレモネードの瓶を取り出し、棚からグラスを二つ取る。


「ジャスティスリークの件は、あなたが勝手に探っただけじゃない。私は頼んでないわ」


「あんな映像を見せられたら、誰しも気になると思うけど」


 コポコポと音を立てながら、レモネードをグラスに注ぐ。


「まぁ、過ぎたことはいいじゃない。フィーが抱える、心の重荷を軽くすることができたんだし」


(そりゃそうよ。殿下はお姉様に許されたんだから)


 許されたからと言って、彼が抱える姉に対する罪悪感――殿下が掲示板に彼女の動画を投稿した事実がなかった事にはならない。けれど、本人の口から「許す」と告げられた殿下は、少なくとも私よりは気楽なはずだ。


 殿下のした事を報道にリークできないせいで、彼は表面上、婚約者を失った可哀想な王子様だと周囲に思われたままなのだから。


 一人悶々とする気持ちのまま、少し深さのある銀の皿を手に取り、水を入れる。


 このお皿は、カラスになった姉のために用意したものだ。


(一緒にレモネードを飲めた頃が懐かしいわ)


 人間だった頃より、明らかにあけすけに物言うようになった姉は、少々厄介だから。


「はい。どうぞ」


「ありがとう、ロッテ」


 すっかり姉のお気に入りの場所となってしまった、シェルフの上にお皿を置く。すると彼女はすぐに嘴で飲み始めた。


 ベッドの上から、部屋にある唯一の椅子に移動したアシェルに「どうぞ」と、レモネードを注いだグラスを渡す。


「ありがとう」


 彼は素直に受取り、即座にグラスに口をつける。ゴクゴクと喉仏を動かし、レモネードを飲むアシェルに「おかわりもあるよ」と声をかけておく。


「……いや、今はいい。ありがとう」


 彼は一息つくと、机の上に散乱する教科書を避けるようにグラスを置く。それから、椅子の背もたれに寄りかかった。


「それで?お姉様が私に自分の不貞行為をわざわざ見せた理由はなに?」


 ベッドの縁に腰掛けながら、姉に尋ねる。


 姉の返事を待つ間に、私もレモネードを一口飲む。


 爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、乾いた喉を潤す。レモンのすっきりとした後味を堪能している私の脳裏に、姉とイアン様のキスシーンが蘇る。


 二人の心が揺れ動くさまを間近に見て、あの時は美しい光景にも思えた。


(でもなぁ……)


 現実問題として、フィデリス殿下を裏切る二人の罪を知ってしまった私は、今後、殿下を目にするたびに、少なからず後ろめたい気持ちを抱きそうだ。


(知りたくなかった……)


 自分には全く関係のないことなのに、共犯者のようになってしまった状況は理不尽すぎるというもの。


(やってらんない)


 ため息を吐く代わりに、レモネードを喉に流し込む。

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