記憶:諦めること4
(お姉様は私に何を見せたいの?)
叶わない恋の記憶を、せめて私に覚えておいて欲しいのだろうか。
姉の意図に見当が付かないまま、次の場面に飛ばされた。
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頭上に無数の星がきらめく中、姉とイアン様の姿を見つけた。
焚き火の炎がちらちらと揺れ、二人の顔を柔らかく照らしている。薪がはぜる音に混じり、遠くから聞こえるのは、楽しげな笑い声。その声に混じることなく、姉とイアン様は横並びで丸太に腰掛け、静かに炎を見つめていた。
「どうやら、あなたが苦手とする、キャンプファイヤー中みたいね」
隣で空を見上げるアシェルに、少しからかうように声をかけた。
彼はピクリとも反応しない。その無愛想な態度に小さく笑いながら、私はたずねた。
「ねぇ、お姉様はどうして秘密の恋を私に明かしたと思う?」
明確な答えが欲しいわけじゃない。
私の視線の先には、焚き火の炎を無言で見つめるクラウディアとイアン様の姿がある。その様子をじっと見ていると、胸が少し締めつけられるような気がして落ち着かない。
だから、口を閉じたままでいられなかっただけだ。
アシェルは星空に視線を向けたまま、素っ気なく答える。
「さあな」
(ですよねー)
彼のそういう所は、もう慣れた。
「アシェルは、誰か好きな人がいる?」
不意に尋ねると、彼はようやく私の方を向く。
「いないし、もしいたとしても、君に教える義務はない」
彼はやっぱり、そっけなく返してきた。
「あなたは人が嫌いだもんね」
私の少し棘ある言葉に、彼は軽く眉をひそめる。
「そういう君は?」
「私は人が好き……とは言い切れないけれど、あなたほど嫌いでもないと思う」
曖昧な言葉を選びながらも、正直な気持ちを伝えた。
「誤魔化すつもりか?」
「そういうつもりじゃないわ」
むっとしながら、誤解を解くために自分の本音を少しだけ漏らすことにする。
「正直、自分らしくいるためには、一人でいる方が楽だと思う。でも、物凄く楽しいことがあったりすると、誰かと共有できたらいいな、と思う瞬間もあるの」
一息ついて、自然と視線はクラウディアに向かう。
「ただ、誰かと関わるということは、その人の人生に踏み込むことでもあるのよ」
言葉を紡ぎながら、遠くで聞こえる笑い声が耳に届く。明るく楽しげな声とは裏腹に、クラウディアを見つめる私の気持ちは、沈んでいく。
「良くも悪くも、自分の行動が誰かの人生を変えてしまうかもしれないと思うと、その責任を負いたくないと思う気持ちのほうが勝る」
突如アシェルの声で、私の気持ちが代弁された。
「え?」
「自分では、最大限他人に配慮して生きているつもりでも、人の受け取り方は様々だからな。こっちにしてみれば、身に覚えのないことで、勝手に誰かが傷つき、一方的に傷ついた側が同情を買う世の中の構図に、うんざりする気持ちは理解できる」
いつも通り淡々とした口調ではあるものの、彼は意外なことに、私の意見を肯定してくれた。
「そう、そうなの。どんな言葉や行動で相手を傷つけるかなんて、事前に知りようがない以上、どうしようもないわ」
「人の気持ちとやらを学んでも、時と場合、相手のメンタル度合いによっては、正解が不正解になるのが人間の厄介な所だしな」
「わかる。完全同意」
私は改めて彼に向き直る。
「ごめんなさい。私はあなたを勘違いしていたみたい」
「勘違い?」
「あなたって本当は、人の気持ちがわかるアンデ……いい人なのね」
うっかりアンデットと言いかけた。
失態をなかったことにするため、ニコリと微笑む。
「……君よりはマシなようでホッとした」
彼はボソリと呟き、話はお終いといった様子で、空を見上げてしまう。
「私よりマシって、どういうことよ」
「僕にとって君のその間抜けさは、排除するに値しないということだ」
「ありがとう……え、まぬけ?ちょっとアシェル、まぬけはないわ。撤回して」
澄ました顔で空を見上げる彼に、謝罪を迫った瞬間。
『キャンプも、今日で終わりなのね』
寂しげに呟く姉の声が耳に届く。




