許される罪、消えない罪4
中庭を支配する薄暗さに溶け込むような黒髪。長めの前髪の隙間からは、透き通る紫の瞳がこちらを射止めている。
いつも通り気怠そうに佇み、生気がないせいで、夜が本当に似合う人。
「アシェル……」
「もし、クラウディア様がジャスティスリークが原因で死を選んだのだとしたら、その存在を知らせた僕にも、少なからず責任はある」
アシェルは淡々と告げた。
「違うわ。弟は悪くないの。だって、殿下とディアに直接知らせたのは私だから」
彼の影から現れたのは、アシェルと同じ髪色で、琥珀色の瞳を持つ、美しいけれど姉には劣る女性。
「エリザ様」
呟くように彼女の名を口にする。
「こんばんは、ロッテ。亡霊みたいに登場しちゃったから驚かせたわよね? ごめんね」
彼女はこの場に漂う、どこか緊張した雰囲気をものともせず、いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべる。
問題は、彼女の肩に乗る青白く羽を光らせたカラスの存在だ。
「ロッテ、あなたって本当に校則破りの常習犯なのね。しかもフィデリス殿下まで巻き込んで、どうかしてるわ」
パクパクと太い嘴を動かし、彼女はしゃがれた声で私を罵倒する。
「なんでカラス……お姉様がここにいるの?」
私は動揺を隠し、あくまで冷静に質問した。
「だって、この騒ぎを引き起こした張本人は私だもの。出席するのは当然でしょ?ちなみにこの場所にたどり着けた理由はね……」
お姉様は悪びれもせず答えると、アシェルに目配せした。
「自分で説明すべきだろう」
アシェルがボソリと呟く。
「アシェル、ワガママを言わないの!」
「生意気よ、年下の癖に!」
彼の呟きをまんまと拾った二人は、アシェルを理不尽に責めた。
「はぁ……」
アシェルはため息をつき、こちらに顔を向けた。
「君のカラスが姉に僕らのしていることを話したんだ。で、僕が君にかけた魔法で、君の位置情報を検索し、今ここに至るというわけだ」
「え、位置情報?」
「まぁ、そういうこと」
「あなた、私のストーカーなの?」
「断じて違う」
アシェルに疑いの眼差しを向ける。
「あら、あら」
エリザ様の浮かれた声で我に返る。
「ね、エリザ。意外な組み合わせだけど、二人の息はピッタリだと思わない?」
「ええ。確かに、ディアの目に狂いはなさそう。新しいカップルの誕生ね」
突如女子トークに花を咲かせる、お姉様と姉。
(なんで、エリザ様は普通にカラスのお姉様を受け入れちゃってるのよ)
脱力し、ため息をつく。
「もしかして、ディアなのか?」
すっかり蚊帳の外になりかけていたフィデリス殿下が、驚いた様子でエリザ様に近づく。
「お久しぶりですわ、殿下。この度は妹がご迷惑をおかけしてしまったみたいで、姉として謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした」
羽を胸の前で組み、優雅に頭を下げるお姉様。
(なるほど、あれがカラスにとって、最上級の礼なのね)
無駄な知識を得てしまったと、私は自嘲気味に頬を緩める。
「それにしても、ディア。君はまた、なんでカラスに?」
「色々と複雑な事情がありますの。ただ、私が思うに……」
姉は、黒い瞳で殿下を見つめる。
「あなたは悪くないわ」
殿下が背負う罪を払拭するように、姉ははっきりと告げる。
不思議と、カラス特有のしわがれたダミ声なのに、私の耳には、美しい姉の声のように変換されて届く。
(殿下だけ許すなんて、ずるいわ)
腹を立てる資格がないことを理解しつつ、その言葉を誰より欲しているのは自分だと気付く。
(でも、明らかに口を挟むべき場面ではないことくらい、私にもわかる)
子どもみたいにその場で足を踏み鳴らしたい気持ちを堪え、唇を噛む。
「しかし、私は動画を掲示板に投稿した。そのせいで君は……」
「あなたは、私をしがらみから解放しようとしてくださったのでしょう?」
フィデリス殿下の肩が微かに震え、俯いていた顔がゆっくりと上がる。
「君は、信じてくれるのか?」
彼の声には、これまで抑え込んできた様々な感情が滲んでいるようだった。
「ええ。あなたがしたことが、私への善意から出たものであること。そして、あの動画が掲示板に投稿されたことで私が背負う傷を、自分のせいだとずっと責め続けていたことを」
姉は、カラスの体を少し前傾させて、殿下を見つめる。その目はどこか懐かしさを帯びているように見えた。
「私は……あなたの想像通り、ここ一年、心のどこかですべてを終わらせたいと願っていたわ」
姉の言葉に殿下は目を見開く。次の瞬間、彼は顔を手で覆い、肩を震わせた。
「すまない……クラウディア。本当に、すまない」
月明かりが彼の姿を照らし、その影が地面に深く刻まれる。
「謝らないで、フィー。もし、あなたの行為がなくても、私が選択した結果は変わらないと思うから。だからあなたは悪くない」
姉は殿下の愛称を口にし、揺るぎない声で告げる。
「つまり、お姉様の自殺の原因は、殿下のせいじゃないってこと?」
もはや我慢の限界を迎えた私は、たまらず二人の会話に割って入る。
殿下をまっすぐ見つめていた姉が、エリザ様の肩の上で、器用に私に体を向けた。
「私が死を選ぶに至る原因は、これだけじゃないってことよ」
「だけど、殿下のしたことは許されないことだわ。ちゃんと公にしてその罪を償うべきよ」
納得がいかない私は、叫ぶように告げた。すると姉は、私をじっと見つめた。
「シャルロッテ、あなただって私を無視して、傷つけたわ」
低い声で告げられ、まるで攻撃魔法を全身で受けたように動けなくなる。
「私は彼を許すわ。アシェルもエリザも悪くない。少なくとも、みんな私を憎んでいたわけじゃないから」
しゃがれた声で、はっきり告げる姉に何も言えなくなる。なぜなら、今の発言は遠回しに、私の犯したことだけは許さないと宣言しているも同然だから。
「むしろ、フィーの行動は、私を縛りつけていた重荷をほどく鍵になった。だから、それを恨む理由はないでしょう?」
姉の声には、どこか晴れやかさが感じられた。
「でも……だったらなんで私にあの記憶を見せたのよ。しかもジャスティスリークは、お姉様の中で『きっかけ』なんでしょう?」
(だったら、許すなんておかしいわ。殿下だけ許されるなんて、ずるい)
まるでお菓子を買ってもらえなかった子どものように、感情に任せ、駄々をこねたい気持ちがむくむく沸き起こる。
そんな私に対し、姉はややむっとした表情になる。
「ええ。確かにジャスティスリークは、この世界の嫌な部分を凝縮したような場所で、私をひどく傷つけたわ。でもロッテ。私がこの世界に見切りをつけるに至る原因は、これだけじゃない」
わざと聞こえるようにため息を吐き、彼女は続ける。
「あなたには、早く次の記憶を見てもらう必要があるみたいね」
小さく首を振り、「全くお子様なんだから」と、尊大な態度でおまけの言葉を付け足した。
「私はお姉様の名誉を回復させようとしてるのよ?」
「あら、私はそんなこと頼んでないわ」
姉はしれっと、私の言葉をかわす。
(自分勝手に死んでおいて、散々家族を悲しませてる癖に!)
殿下を始めとする他人が同席中のため、胸の中に浮かぶ本音を何とか飲み込む。
(やっぱり、お姉様なんて、嫌い)
殿下の肩にとまる姉を睨みつける。それから心の中で、これまで口にした数々の罵倒の中で、一番最悪で、最低な言葉でしっかり姉をののしっておく。




