許される罪、消えない罪2
「彼女を守りたかったんだ」
フィデリス殿下が静かに語る声が届き、一瞬言葉を失う。それからすぐに無言で彼を睨みつける。
「信じていないようだね」
「当たり前です。だって殿下があの動画を投稿しなければ、お姉様は無駄に誹謗中傷をされないで済んだ。だから、動画を投稿することは、守るとは真逆の行為だもの」
私の声は怒りに震える。
殿下は私を見据えたまま、ゆっくりと首を横に振ると、小さくため息をつく。
「ディアは……苦しんでいたんだよ、シャルロッテ。周囲の期待に応え続けなければならないという重圧に、自分を押し殺していた。誰にも本音を言えないまま、ただ完璧であろうとし続けていたんだ」
彼の声は低く、どこか自嘲的だった。
「だからって、掲示板にあんな投稿をする理由にはならないはずです」
私は叫びたくなる気持ちを抑え、冷静に言い返す。
「そうだね。誹謗中傷される未来を想像できるような動画を投稿したことは間違っていた。すまない、シャルロッテ」
彼は躊躇せず、私に頭を下げた。
(え、やめて?)
ことの重大さに気付き、ぎょっとして一歩身を引いてしまう。
「お、おやめください。私は社交界で両手の指で収まらないほど不名誉な噂を立てられているんです。殿下に頭を下げさせた女という称号を頂戴する指はもう残っていません。だから頭をあげてください」
息継ぎをせず、一気に告げる。
「シャルロッテ、君は私がよく知る君のままで、安心したよ」
頭を上げ、再び対面した彼の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
「ディアも昔は、君のように感情豊かな女性だった。そんなところが魅力的でもあったんだが、私が彼女らしさを奪ってしまったんだ」
「お言葉ですが、お姉様は私が生まれてからずっと、完璧な女性でしたわ」
「それは、そう見えるよう彼女が努力していたからだ」
王子らしくない、感情を乗せた彼の声に私は驚き、口を閉じた。
「ここ数年、彼女を避けていたから、君は知らないだろうが……彼女はずっと苦しみ続けていたんだよ。周りに期待され続けたプレッシャーや、他の生徒達からの蔑みの眼差しにね」
家族ならともかく、赤の他人であるフィデリス殿下に真っ向から避けていたと責められた私は、「何も知らないくせに」と、彼にさらなる怒りを覚える。
「私は彼女を解放したかったんだ。私の婚約者としての義務から来る、すべてから」
彼の声は苦しげだった。
「それで、お姉様を掲示板の標的にして、追い詰めたことが正しいと仰りたいのですか?」
発した私の言葉は氷のように冷たかった。だがその問いに彼は頷きもしない。
「私がしたことは間違いだった。ただ、あの時は悪意などなかったんだ。本心から彼女を救いたいと願っていたことは確かだ」
殿下が、私を見つめる。
「ただ、私は完璧ではないから、間違ってしまった。この罪を生涯背負っていく覚悟もある。公表したければしてもいい」
月から射す銀色の光が水面を滑るように伝い、彼の肌を照らす。彼は視線を月に向け、深い吐息をついた。
沈黙が降りる。噴水の水音だけが中庭に響き渡っている。
フィデリス殿下の告白に、怒りをぶつけるべきか、それとも何か他の感情を抱くべきなのか、自分でも分からなくなる。
そもそも、姉が私に記憶を見せて、どのような結末を望んでいるのかを知らない。
(お姉様は、殿下のしたことを公表して欲しいから、私に記憶を見せたの?)
アレックスのお陰で、殿下がTruthHunterだという証拠はある。
魔導ネットワークで怒りのまま公表すれば、殿下の評判は地に落ちるだろう。
もちろん、魔導ネットワークに繋ぐため、スペルタッチに割り当てられた認識番号から持ち主を特定したやり方は、公にできるものでない。
(でも、新聞社に匿名でリークすればいいのよ)
『クラウディア嬢の死の真相に新展開――犯人は殿下だった!』
『掲示板に潜む悪魔――フィデリス殿下が仕掛けた罠』
『正義の使徒か冷酷な策士か? 殿下の真の姿』
『名門王国魔法学校で起きた衝撃の事件――クラウディア嬢を救えなかった『正義』の崩壊』
そんな見出しが世間を騒がせることを想像すると、少しは気持ちが晴れる気がした。
フィデリス殿下を含む王家も、そして学校も、瞬く間に炎上し、多くの人から誹謗中傷される未来が安易に想像できる。
(でもそれって)
匿名掲示板に悪口を書き込む人と、何が違うのだろう。
姉を失った私は、正義のためにと、告発しようとしているわけじゃない。明らかに姉を苦しめた人物に悪意を持って、罰を受ければいいと思っている。
(そもそも、お姉様の望む結末は?)
彼女は一体なんのために私に自らの記憶を残したのか。
レティシアを許した、姉の行動の意味が私にはよくわからない。
(わかるのは、殿下は今も苦しんでいて、お姉様は戻ってこないということ)
そして、誰かを代わりに生贄に差し出したとしても、私が犯したこと――姉を無視し続けた事実は、消えそうにない。
フィデリス殿下がしたことは許されることではない。けれど、私も彼と同じように、消えない罪を背負っている。
改めて思い知った私は、気まずい沈黙を埋めるように口を開く。




