許される罪、消えない罪1
昼間は人で溢れており、明るいイメージしかない学校の中庭は、夜になるとガラリと姿を変える。
静寂に包まれた高くそびえる校舎の影が、中央にある噴水を覆う。
昼間はカップルの待ち合わせ場所として人気が高い、ルミナリウム王国の礎を築いたディラン国王の像は、まるで呪われた王冠をかぶされたように、不気味な影を纏っていた。
(クロエとルシュを誘うんだったわ)
一人で足を運んだことを後悔しながら、私は噴水を見つめる人物に近づく。
「……君にこうして呼び出される日が来るんじゃないかと覚悟はしていたよ、シャルロッテ」
彼は振り返らず、噴水の水音に耳を澄ませるように立っている。
背筋は相変わらずまっすぐで、王族らしい気品を漂わせていた。でも、どこか物憂げで、沈んだ雰囲気が見て取れる。
私は彼に一歩、また一歩とゆっくり近づく。
心臓が激しく脈打つのを感じる。
怒り、悲しみ、疑問——混じり合う感情が胸の中で渦巻く。
ふと、どこかで今と同じような複雑な感情を抱いた記憶があると気付く。
(そっか、お姉様の棺を埋葬する時だわ)
答えを見つけたのと同時に、噴水を見つめて佇む殿下の斜め後ろに立つ。
「フィデリス殿下……あなたがFireWatcherなんですか?」
声が震えるのを抑えられなかった。
ようやく振り向いたフィデリスの青い瞳は、驚くほど冷静だった。彼の申告通り、こうなる事態を最初から見越していたのだろう。しかし、口元はギュッと結ばれ、顔色が悪く見える。
(殿下も、まだお姉様の死から解放されていないんだ)
そのことに気づき、静かに彼の瞳を見つめると、先程は冷静に見えた青い瞳の奥に、脆さ、不安、苦悩といった、押し隠された感情が垣間見える気がした。
(でもいまさらよ)
つい同情してしまいそうになる気持ちを堪え、フィデリス殿下を睨みつける。
「なぜ、あんな……姉が酷いことをしているように見える、悪意に満ちた動画を投稿したんですか?」
声が張り詰め、鋭くなる。
「私はFireWatcherではない」
殿下が強い眼差しを私に向け否定する。
「でも、TruthHunterではありますよね?」
問いかけて、下唇を噛みしめる。
「……そうだね。私はTruthHunterを名乗り、ジャスティスリークに書き込みをしていた」
「じゃ、FireWatcherは誰なんですか?」
「それは……私にもわからない」
殿下が苦し気に答え、わかりやすく私から視線を外した。
(嘘つき)
確信した私は更に彼を問い詰める。
「わからない?FireWatcherの投稿した動画で、姉は誹謗中傷にあって傷ついたんですよ?それなのに、姉を傷つけた犯人を放置したままなんですか?」
声が震えるけれど、構わず続ける。
「自分の婚約者を傷つけた犯人を野放しにするなんて、そんなのおかしいです」
殿下を睨むと、「それは……」と、彼は小さく呟き、悲しげに瞳を伏せて黙り込んだ。
「殿下がFireWatcherだから、調べてないだけなんじゃないですか?」
「私は断じて、FireWatcherではないし、該当の動画を拡散した者について、調べはついている」
フィデリスは苦しげに顔を歪めた。
(やっぱり、殿下はちゃんと調べてた。きっと私の知らないところで、それなりの罰を与えてくれたんだわ)
確信すると同時に安堵する。
「その人は誰なんですか?家族である私にも知る権利はあると思います」
あえて「家族」という言葉を強調して告げる。
「FireWatcherを名乗る者は……」
フィデリス殿下が言葉を詰まらせる。
「誰なんですか?」
「それは……、すまない、言えない」
「なんで悪いことをした人を庇うんですか!」
歯切れが悪く答える殿下に迫る。
「ディアが彼女を許したからだ」
「彼女?許した?」
脳裏にエリザ様の顔が浮かぶ。
(彼女は、お姉様の親しい友人の一人で……だけど、殿下の婚約者の座を狙っていた)
脳裏に姉の部屋で見た、三人が仲睦まじく並ぶ写真を思い出す。
「あぁ、嘘でしょ。まさか、エリザ様がFireWatcherなの?」
口にして、自分の考えが間違っていることを祈る。
「エリザではない」
「じゃ、彼女って誰ですか?」
一歩足を踏み出し、彼を問い詰める。
「レティシア・ラザノだ」
「え、誰ですか、それ?」
聞き覚えのない人物の名前に、思わず素で問い返す。
「中庭で転んでいた子だ」
「つまり、中庭で転んだ子本人が悪意ある動画を、ジャスティスリークに上げたってことですか?」
(意味わからないんだけど)
顔をしかめ、動画を投稿するに至るまでの理由を考えて見たけれど、さっぱりわからない。
「彼女が言うには、自分が転んだ時、ディアが素通りしたことが許せなかったらしい」
「でも転んだのは自分のせいです。手を差し出すかどうか、それを決めるのはお姉様の自由だわ」
明かされた、何とも理不尽過ぎる理由に腹がたった。
「それでも、皆から一目置かれる存在であるディアが、自分に手を差し伸べてくれなかった事実は、レティシアを傷つけたのだろう」
「だからって、あの動画を投稿する理由にはなりません」
「そうだ。自分が傷ついたからと言って、他者を貶めていい理由にはならない」
殿下は肩を落とし、続ける。
「ただ、ディアは『自分の配慮が足りなかった』と彼女を許したし、おおごとにしたくはないと言っていたんだ。だからこの件はもう掘り返さないで欲しい。未だ己の軽率な行為を悔やんでいるレティシアのためにも」
「そんなの……」
(納得できない)
私は怒りに震える。込み上げる怒りを誰かにぶつけなければ気が収まらない。
「そもそも殿下が、お姉様が映り込んだあの動画を投稿しなければ、良かったんだわ」
八つ当たりだと理解しつつ、殿下に低い声で告げる。
「殿下は投稿する時に、姉が映り込んでいることを確認しなかったのですか?」
「目の前で行われている善行にばかり気を取られ、気付かなかった。そこは私の落ち度だ。すまない」
素直に謝罪され、これ以上罵倒するわけにもいかず、沈黙してしまう。
「今後は同じ過ちは犯さない。約束しよう」
殿下は私をしっかりと見つめ、答える。
私も精一杯の怒りを込めて彼を見つめ返し、頷く。
(私にはもう何も出来ない)
フィデリス殿下がTruthHunterで、自分の罪を認めた。さらに、姉自身がFireWatcherであるレティシアを許したというなら、これ以上掲示板について調べることも、糾弾することも意味がないように思えた。
(結局、何も変わらない)
無力感に襲われ、脱力する。
「いや、違うな。投稿ボタンを押す瞬間……私はディアが素通りしたことに誰かが気付く可能性を理解した上で、動画を投稿したのかも知れないな」
殿下が小さく漏らした言葉に、「え?」と思わず聞き返す。




