ジャスティスリーク5
「クラウディア様は、次第に投稿をやめて沈黙を選ぶようになる。でも、その沈黙さえも後ろ暗いことがあるからだと解釈され、正義を訴えたクラウディア様こと、『NobodyHere』は、誹謗中傷の対象とされたんだ」
アレックスは再びキーボードを叩き、画面に新たな書き込みを表示した。
「これは、エリザ様個人を誹謗中傷するスレ内にあった投稿だよ」
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57: 返信者:ID:NobodyHere
匿名性の中では、残念ながら正義は歪むようです。誰かを救おうとした言葉が、誰かを傷つける刃となる。この場所は、もう私の求めていた正義を実現できる場ではないと実感しました。残念です。
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まるで、掲示板に幻滅し、見切りをつけたような投稿だった。
「これがクラウディア様が投稿した最後の書き込み。そのあと、彼女は掲示板を一切使わなくなった。でも、ここからが問題なんだ」
アレックスは苦々しい表情で画面を切り替える。
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スレッドタイトル:『共有したいこと』
1: スレ主:ID:TruthHunter
正義の行いを目撃しました。
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投稿文と共に表示されていたURLを、アレックスがクリックする。
再生が開始された動画に映るのは、中庭で転んだ女の子を支える人や、周囲に散らばる教科書を拾う人の姿だ。
(お姉様の記憶でみた子だわ)
転んだ子は姉が手助けをせずとも、きちんと善意ある人に助けてもらえたようだ。
「こんなの、良くある光景じゃない。どこが問題なの?」
クロエが疑問を口にする。
「この動画が投稿されて数分後、新たなスレが立ち上がったんだ。問題なのはこっち」
説明しながらアレックスが新たなスレを表示する。その内容を目にした私は、心臓が鷲掴みにされた。
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スレッドタイトル:『完璧なクラウディア様。その本性が暴かれる瞬間』
1: スレ主:ID:FireWatcher
真実はここに。彼女は善か悪か。
判断する材料の一つとして共有します。
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悪意あるスレッド名に短い文章。それから、動画のリンク先のURLが貼られていた。
きっかけ。その言葉が脳裏をよぎる。
アレックスが動画を再生すると、姉が転んだ子を無視して通りすぎるシーンが切り取られた動画だった。
(お姉様の記憶の中に刻まれていた動画と同じものだわ)
とうとう行き着いた。
私は緊張し、下ろした手を強く握る。
「クラウディア様が、無視したってこと?」
クロエは驚きで目を丸くする。
「……確かにショックではある映像だ。でも両腕にノートを抱えてるし、急いでいるみたいだから、何か理由があって素通りしたんじゃないのか?」
ルシュが鋭い観察眼を発揮する。
「なんにせよ、この動画は最初に善行としてアップされた映像内に、チラリと映るクラウディア様を切り取ったものだよ。でもこの動画は、何者かによってダウンロードされて、ジャスティスリークを利用しない生徒の間にも、瞬く間に拡散された。残念なことに――」
アレックスは少しばかり間を置く。それから、画面を直視したまま続きを話す。
「無視されたのがソリス寮生の女子生徒だったから、僕らソリスの間でも、当時しきりにクラウディア様の件は話題になってたんだ」
「じゃあ、これが原因でクラウディア様は病んでしまったってこと?」
「クロエ」
ルシュが低い声を出す。その声に反応したクロエは、しまったという表情になる。
「……ああ、違うのよロッテ。今のは配慮に欠けた言い方だったわ。ごめんなさい」
クロエが細心の注意を払い、精一杯の思いやりを込めた視線を私に向けた。
「気にしないで。原因の一つではあると思うし。それにこれは、お姉様が自殺するきっかけの一つに過ぎない気もするから」
(だってお姉様の記憶はあと二つも残っているんだもの。とは言え、この件がなかったらと思わずにはいられないけど……)
私はゆっくり時間をかけて、今にも飛び出しそうになる怒りを堪え、次の言葉を継ぐ。
「それで、この画像を投稿した愚か者は誰なの?」
抑えたつもりなのに、怒りが声に現れてしまう。
「それが……えっと……」
アレックスが言いづらそうに言葉を濁す。
「残念ながら、クラウディア様だけを切り抜いた動画を投稿した人物は、匿名性を高めるために開発された専用のブラウザを利用して書き込んでいたんだ。たからまだ、該当の人物を割り出せていない」
がっかりして肩を落とす。
「その人を特定するのは、時間がかかりそう?」
「複数のルーターを経由して、通信が暗号化されているから辿るのは無理だね」
「そう……なんだ」
落胆した気持ちを隠すことができず、項垂れた。
「けど、きっかけとなる最初の動画の投稿者『TruthHunter』の正体は割り出せたよ」
「自慢げに言ってるけど、諸悪の根源であるFireWatcherはわからないってことでしょ?それに、最初の投稿には悪意を感じないから、TruthHunterは関係ないじゃない」
落ち込む私の代わりに、クロエがすかざす指摘する。
「でも、最初の画像がなければ、悪意ある画像も作られなかった可能性もあるぞ」
ルシュが負けじと反論する。
「まあ、確かにね」
クロエがルシュの指摘を肯定した。
「しかも真実の追求者なんてハンドルネームで、善人を装うTruthHunterが火の見張り番を名乗る、FireWatcherである可能性だってあるしね」
アレックスが追加した意見に私は唖然とする。
(正義の味方が悪ってこと?)
だだの推測に過ぎないとは理解しつつ、私は信憑性が高い気がした。
(悪人が善人を装うなんて、よくある話だし)
口がうまく、社交的で好印象な人が詐欺師だったなんて話は、いくらでもある。
ブオーンというアーケイン・ステーションが稼働する音が、やけに響いて聞こえた。
「とりあえず、これを見て」
アレックスの言う通り、私たちは画面を注視する。
画面には棒グラフのようなものが並んでおり、何かを比較したもののようだ。
「これはエーテルログと接続履歴なんだけど、注目すべきはここ」
アレックスが白くて細い指先で画面を示す。
「ジャスティスリークは、ルクス寮の中継機を通して書き込まれた投稿が、全体の約40%を占めてる。特に最初の頃は、ほとんどがルクス寮生のものだった」
「それって……どういうことだ?」
ルシュが困惑した様子で問う。
「つまり、掲示板の利用者の中核を占めるのは、ルクス寮の生徒たちだってこと」
その言葉には、多くの意味が込められているのだと即座に悟る。なにしろ、あの品行方正で名高いルクスなのだから。
(それに、お姉様の近くに敵はいたってことになるわ)
ますます、動画を投稿した犯人を許せない気持ちになる。
「でもルクスは貴族ばかりだし、入学時に行われる適性検査で模範的な生徒だと判断された者が振り分けられる寮のはずでしょ?」
クロエが戸惑う声を出す。
「確かにルクス寮生は、他の寮よりも正義や秩序を重んじる性格が強い者が所属している。でも、その正義感って、時に厄介なこともあると思う」
アレックスは肩をすくめながらも、真剣な顔で続ける。
「僕が思うに、誰かが正義感から始めたものが、いつの間にか暴走してしまい、もはや誰の手にも負えない、怪物になってしまったんじゃないかな」
「行き過ぎると、他者を裁くことに快感を覚える奴も出てくるってことか。しかも本人は『正しいことをしている』という名目に酔い、自分のしたことを悪だとは、微塵も疑わないってわけだ」
眉をひそめ、難しい顔で話すルシエの言葉に、ぞっとして、唾を飲み込む。
「そのことを踏まえて、これを見て欲しいんだけど」
アレックスが、画面に新たな情報を表示させる。
生徒名がずらりと並ぶシートの横には、『xxx.xxx.xxx.xxx』と三桁セットになった数字が四個並んでいる。
「これはスペルタッチで、魔導ネットに接続しようとすると、必ず割り当てられる認識番号なんだ」
「それがどうしたの?」
クロエが先を急ぐように話を促す。
「つまり、認識番号を辿れば、各々の持つスペルタッチの端末に行き着く。これはそれを僕が独自にまとめたものなんだ」
得意げに告げるアレックスに、わかりやすくクロエが顔をしかめる。
「そういうのを調べるのって、違法なんじゃないの?アル、とうとう犯罪に手を染めたんじゃないでしょうね?」
「番号を収集すること自体は違法ではないよ」
アレックスがそっけなく返す。
「でも確か、認識番号から個人を特定するのは違法だったような」
ルシュが遠慮がちに付け足した事実に、クロエがアレックスに消臭剤の噴射口を向けた。
「でも、クラウディア様に誹謗中傷した相手を知りたいんだよね?」
振り返ったアレックスは私を見つめる。
(法を犯す覚悟なんて、今すぐ持てるわけではないけど)
「姉を誹謗中傷した犯人を、私は知りたいわ」
アレックスの真剣な眼差しに、内心を吐露する。
「シャルロッテ嬢の気持ちはわかった。二人はどうする?」
アレックスはクロエとルシュに問いかける。
「僕が犯した罪を許せないなら、この先は見ない方がいいよ」
「俺は、正義という聞こえの良い言葉で誤魔化された悪意に腹が立つ。だからジャスティスリークに正義ぶって書き込むTruthHunter、そいつの正体を知りたい」
ルシュはクロエを気にするように、彼女をちらちら見ながら力強く告げた。
「もう……一体誰なのよ。早く教えて」
クロエがずれた眼鏡を鼻にかけ直しながら、アレックスに向けていた消臭剤の噴射口を下げた。
「みんなの意見がまとまったようだね。では共犯者諸君。心の準備はいいかな?」
アレックスがもったいぶったように告げたあと、画面を動かす。
「真実の追求者ことTruthHunterが使用している端末と紐づけられた認識番号が示す人物は……この人だ」
アレックスがピシリと指差した。
「…………」
画面に表示された名前を目にした私たちは、今度こそ、揃って言葉を失うのであった。




