ジャスティスリーク2
「侵入できた」というアレックスの宣言に、一瞬の静寂が部屋を支配する。
クロエはスプレーを押す手を止め、ルシュは緊張した面持ちで、椅子に座るアレックスの背中越しに画面を見つめている。
(ついに、辿り着いたのね)
私も息を呑む。
私たちが覗き込むアーケインステーションの画面には、暗号のような文字列が表示されていた。
「とりあえず、最後の暗号キーを突破したみたいだ」
アレックスが得意げに告げる。
画面の奥に、ぼんやりと輪郭が見え始めた。
『ジャスティスリークへようこそ』
画面中央に表示された黒文字は、数秒後、弾け散ったように画面の外に消え去る。
次に現れたのは、画面いっぱいにスレッド名が並ぶページだった。
『【ソリス】コリンズ家の財産は、詐欺の産物って噂【あるある】』
『やっぱり貴族は信用できないって話』
『【ルクス】エリート貴族たちの華やかな裏で蠢く汚い真実【告発】』
『最近やたら目立つリリアナって何者?出自がおかしい』
『【美人】リドリーが実は恋人を裏切ってる件【薄命】』
『下手くそな魔法で事故った人いる?』
『みんなが学校に抱いてる不満をまとめて吐き出そう』
ざっと目に飛び込んできた文字列に、思わず身を引いてしまう。
「これがジャスティスリークか。酷いな」
ルシュが顔をしかめる。
「めちゃくちゃにしたくなる気持ちがわかるだろ?」
アレックスは得意げに、椅子を軽く回転させて振り返る。
「でもこれがジャスティスリークだよ。まぁ、セキュリティをすり抜けるのに手間取ったけど」
「手間取ったわりには、意外とあっさり見つかった気もするけど」
クロエは疑わしげな表情で、画面に目を向ける。
「これはね、僕だから突破できたの。褒めてもいいんだよ、姉さん?」
アレックスが自信満々に告げると、クロエはため息をついて問答無用に彼にミントの香りを彼の顔に浴びせた。
「それにしても、どこれもこれも酷いスレ名だな。本当にうちの学校の生徒が書き込んでるのか?」
ルシュがアレックスによって、スクロールされていく画面を眺めながら、呆れたように呟く。
「ちょっと荒れてるよね。しかも顔見知りが過激なことを言ってるかもって思うと、この学校の闇は深いなって改めて思うよ」
アレックスが苦笑する。
「この掲示板のことを、先生に告げ口したりする人はいないの?」
素朴な疑問を投げかける。
「告げ口なんてしたら、さっきの僕みたいに疑われるからね。『なんで知ってるの?書きこんだんじゃないの?』って」
アレックスがわざとらしくクロエを真似た口調で語る。
「あー、確かにそうだよね」
(私も、お姉様を疑ってしまったし)
姉がこのサイトの存在を知っていたのは、ほぼ間違いない気がした。だとすると、書き込みをしていないと、言い切れない状況だということでもある。
でも、私が知る正義感の塊のような姉は、このサイトの存在を知っていて放置するタイプでもない。
「それにさ、結局閉鎖されてもすぐ復活するのは、僕ら魔導通信部で実証済みだしね。何より先生に告げ口したことがこのサイトにリークされたら、袋叩きに合うのは目に見えてるし」
アレックスの意見に、ルシュが頷く。
「利用してその酷さを知ってれば、なおさら標的にはなりたくないと思うだろうしな」
「だからこそ、より一層、秘匿性が守られている状況なんだわ。全く、皮肉なものね」
クロエがため息混じりに告げた。
「活発に動いているようだが、一体どのくらいの利用者がいるとかわかるのか?」
次々と乱立するスレの順番が更新されて行く様子を見て、ルシュがアレックスに尋ねる。
「うーん、それはさらに深層部をハックして解析しないとわからないかな。ただ、スレの動きを見る限り、うちの学校の生徒でこの掲示板を知ってる人は多いと思うよ」
「そもそも、なんでみんなはこの掲示板の存在を知ってるの?」
不思議に思い、たずねる。
「むしろ、三人が知らない方がレアケースだと思う。まぁ、アーク寮生はそういうとこあるから、別に驚かないけど」
「ちょっと、馬鹿にしてる?」
クロエがスプレーの噴射口をアレックスに向けた。
「してないです。世間に流されず、独自の世界を持ってらっしゃる方々ばかりで、アーク寮生がとてもウラヤマシイデス」
「最後、棒読みになってるぞ」
「ははは、気のせいですよ、先輩」
ルシュの指摘に乾いた笑いを返すアレックス。
「でも確かに、スレ名にアーク関連の名前は少ないみたい。どうして?」
ザッと画面を確認するも、見知ったアーク寮生の名前や、サブタイトルに「【アーク】」と入ったスレは見当たらない。
「そもそも、アーク寮生ってだけで、世間的にはアレだし、本人達も変わり者って言うか。敵意を向けられても気にしない人が多いイメージだから、噂にしても反応がなくてスレが盛り上がらないのかも」
「どういう意味よ」
クロエがアレックスを睨む。
「ぶっちゃけ、のけ者ってこと。この際だからはっきり言わせてもらうけど、何も掲示板だけじゃなくて、本人たちが気付いてないだけで、わりと色々な場面でアークは、ルクスやソリスと、足並みが揃ってないからね?」
「…………」
私たち三人は黙り込む。
「確かにそんな気はしてたかも」
クロエが眼鏡のポジションを直しながら告げる。
「俺は気付いてたぞ」
ルシュは胸を張る。
「私は、あえてその方が楽でいいかなって……思ってた」
二人につられて、正直に話す。
「悪質な掲示板にすら話題に上がらないのは、まさにそういうところが原因だから」
アレックスに指摘され、微妙な空気が流れる。
「ま、その議論はいいとして。なんか気になるスレがあるの?」
アレックスは、雰囲気を切り替えるように告げる。
(きた!)
私たちは顔を見合わせる。
アレックスがジャスティスリークに侵入できるかどうか不明だったため、「大事にしたくないので、出来れば内密に調査したい」という旨は二人に告げてある。
ただ、ここまでくると、本来の目的を明かさないと先には進めない。
私は覚悟を決め、アレックスに告げる。
「お姉様について書かれたスレッドを探して欲しいの。出来れば、書き込んだ人の特定と、このサーバーの管理者が誰なのかも、知りたい」
「オッケー」
軽く返され、拍子抜けする。
「なんでアルは驚かないわけ?」
即座にクロエがたずねる。
「そうじゃないかなぁと、薄々勘付いてたから」
「なんで、俺たちの目的に気付いたんだよ」
「普段、他の寮のことなんて我関せずな三人が、突如正義感を持ってジャスティスリークを調べたいなんて、そんなの怪しすぎるから」
サラリと告げられた言葉に、私たちは固まる。
「それに、僕はクラウディア様がこの掲示板で話題に上がっていたことも、彼女が書き込んでいたことも知ってるから」
アレックスが追加で放った言葉に、私は耳を疑うのだった。




