ジャスティスリーク1
部屋の中は、積み重なる書類や良くわからない魔導具で散らかり放題だった。
いたるところに伸びた無数のケーブルがごちゃごちゃと絡み合い、まるで機械の内部を覗き見たかのような、異質な光景が広がっている。
そんな中、部屋の主となるアレックスは、魔導ネットワークに繋ぐ、据え置き型の魔道具。アーケインステーションの画面を見ながら作業している。
先程からシューシューと噴射する音が部屋の中に響くのは、クロエのせい。彼女が自ら持ち込んだ消臭スプレーを、部屋中に撒き散らしているからだ。
「今日がいいって言ったのはアルなんだから、ちゃんと人を招く準備くらいしておきなさいよ」
アレックスに止まらぬお小言を浴びせているクロエは、完全に姉の顔になっている。
「押しかけてきたのはそっちだし、デリケートな魔導具が多いんだから、そういうの控えて欲しいんだけど」
「臭いんだから、しょうがないでしょ」
「クロエ、思春期男子にそれは言っちゃだめだ」
私の隣に立つルシュが、横槍を入れる。
「まだなの?」
アレックスが座る椅子の真後ろに立ったクロエは、苛立った様子で彼に声をかける。
「相変わらずせっかちだよな、姉さんは。こういうのは慎重にやらないと。罠に引っかかったりして、また最初からになるのが嫌なら少しは我慢して」
「罠って?」
思わずたずねると、手持ち無沙汰なルシュが口を開く。
「セキュリティのことじゃないか?そもそもジャスティスリークは、普通じゃ辿れない場所にある掲示板なんだろ?」
「そうだね」
アレックスが私の代わりに相槌を打つ。そのことに気を良くしたらしいルシュが続ける。
「だからそこに侵入するためには、承認されたパスワードが必要で、間違ったパスワードを入力すると弾かれる。その弾く仕組みを罠と例えて言ってるんだろうな」
自分の説明に、ルシュは満足げに頷いた。
「つまり、掲示板を管理している側が、サイトに辿り着かないように仕掛けた、防護魔法みたいなものってこと?」
自分なりにわかりやすく言い換えてみると、「だいたいあってる」と、アレックスが頷く。
「そもそも魔導ネットワークは、通常の通信や情報共有に使われる表層領域、ライトレイヤーと、それに隠れる形で存在する秘匿領域、シャドウレイヤーの二層構造になっているんだよ。ってこれくらい常識だから知ってるか」
「…………」
クロエ、ルシュ、私は明らかに「常識なの?」という意味のこもる視線を交わす。
「で、姉さんたちが辿り着こうとしているジャスティスリークは、ライトレイヤーで追跡できない仕組みを持ってる。だから、アクセスするには一種の暗号キーが必要なんだ」
「…………」
私たちは「何かの呪文?」と困惑した視線を交わす。
「ちなみに、ジャスティスリークは「エーテルベール」と呼ばれる強力なスパイプログラムで守られているんだ。だからこそ、投稿者や閲覧者の身元は完全に秘匿されるというわけ」
とうとうクロエが、この難解な説明から一人離脱した。彼女はしれっとした顔で、部屋の空気を爽やかなミントの香りで満たす仕事に戻る。
「もっと詳しく言うと、投稿はエーテル信号のランダム生成によって送り出されるから、発信源を追跡不可能にすることができるってわけ。まぁ、情報管理局の連中でも、この信号を解析するのは、ほぼ不可能だろうね。僕ぐらい天才じゃないと」
「すごい、さすがアレックスね」
「だな、やっぱりお前に頼んで正解だった」
ルシュと私は、アレックスにお願いしている立場上、一致団結して彼を褒め称えておく。
「お褒めの言葉をありがとう」
アレックスは肩越しに振り返り、軽く笑う。
(機嫌よく仕事をしてもらえているようで、良かったわ)
安堵して脱力した瞬間。
「一つ疑問なんだけど、他人に全く興味を持たないことで有名なアーク寮生がジャスティスリークを調べたいなんて、一体どういう風の吹き回しなわけ?」
アレックスの指摘に、勢いよく「それは……」と口にしたものの、後が続かず口をつぐむ。
「それはあれだ、課題で必要なんだ」
ルシュが機転を利かせた。
「へー、何の授業の課題なの?」
「それはだな……正義感的なアレで」
今度はルシュが口ごもる。
「……知らないほうがいいこともあるわ」
私は腕組みをし、咄嗟に閃いた大人ぶったセリフで押し切ろうとする。
「どういうこと?なんで知らない方がいいわけ?」
「えっと」
アレックスの無邪気な追求に困り果て、クロエに視線で助け舟をお願いする。
「アル、まだ掲示板に入れないの?というか、なんでアルはジャスティスリークの存在を知ってるのよ」
「え、それはほら……えっと」
姉であるクロエの鋭い指摘が光り、形勢逆転。今度はアレックスが目を泳がせる番だ。
「まどろっこしいわね。要はあなたも、掲示板に何か書き込んだことがあるんでしょ?」
クロエの問いかけに、心臓が鷲掴みにされる。
(ジャスティスリークの存在を知っているのは、書き込んだことがある人……)
その言葉が頭の中に響く。
(お姉様が残したバックアップ結晶の記録をアシェルと見た時、襲ってきた文字はジャスティスリークに書き込まれたものっぽかったわ)
つまり、姉はジャスティスリークに書き込まれた誹謗中傷を見て、心が傷付いた可能性がある。
(だとしたら、なんでお姉様はジャスティスリークに行きつけたの?まさか、お姉様も書き込みを?)
私は浮かぶ疑念を振り払うように、小さく首を振る。
(そんなことあるわけないわ。だってお姉様だもの)
わずかに感じる疑いの気持ちを打ち消そうと、自分に言い聞かせる。
「僕はジャスティスリークなんて利用してない。勘違いだよ、姉さん!!」
アレックスが無実を証明するように叫ぶ。
「部内の友人から聞いたんだよ。暗黒ノードに設置されている、魔法学校の非合法な掲示板があるって」
彼は肩を落とし、アーケイン・ステーションの画面を見つめながら続ける。
「で、そういうサイトを荒らすのは、正義だって話になって、みんなでハックしてめちゃくちゃにしてやったんだよね」
観念したように、小声で白状するアレックス。
「でも、すぐに復活して、きりがないから放置してた。確かに書き込んだことはある。でもそれは、主に掲示板を利用する奴らの情報をこっちは入手できるんだぞって、匂わせて脅しただけだし」
「アル、反省なさい!!」
クロエが怒りに任せて、消臭剤をアレックスに振りかける。
「コホッ、コホッ」
消臭剤をモロに浴びたアレックスが咳き込む。
「ね、姉さん、いったん落ち着こうか」
「いい?『己の足をすくわれるような弱みを、決して誰かに握らせるな』というのが、我が家の決まりでしょ?それなのに、性格が悪い奴らにわざわざ喧嘩を売りに行くなんて、馬鹿じゃないの?」
辛辣な物言いで、弟をピシャリと叱るクロエ。
「そもそも、アルは昔から余計なことに首を突っ込むところがあるし、そんなんじゃいつか痛い目に——」
「あ、侵入できたよ」
クロエのお小言を遮るように、アレックスが高らかに宣言した。




