談話室にて1
普段から利用者が少ないアーク寮にある談話室は、今日も静まり返っていた。
壁際には古びた本棚が並ぶ。ただし、棚を占めるのは本ではなく、園芸部が世話をする怪しい魔植物だ。壁には歴代のアーク寮長を務めた生徒の肖像画が並んでおり、大きな暖炉が造り付けられている。
生徒たちがくつろげるように、低めのテーブルとソファがあちこちに置かれているけれど、私たち以外に人影はない。
そんな談話室で私は、クロエとルシュ相手に、アシェルを引き連れて経験した冒険談をまとめて話しているところだ。
私とクロエが並んで腰掛け、ルシュが向かいのソファーを一人優雅に陣取っている。
「——で、私たちは、命からがら何とか戻れたってわけ」
クロエはトレードマークの眼鏡を布で擦りながら、興味津々な様子で、身を乗り出して耳を傾けていた。
反対にルシュは、ダイエットなんて無縁だとばかり。三人で持ち寄ったお菓子——マンドラゴラ印のクッキーに、人形堂のマドレーヌに、フレーベル商会の新商品、薔薇、ラベンダー、たんぽぽを模した、フローラフィズマカロンという女子力高めなお菓子に、片っ端から手を出しながら、大人しく私の話を聞いていた。
「だからロッテは、おでこに湿布を貼っていたってわけね」
クロエはレンズを磨いたばかりの眼鏡をかけ、私のおでこに視線を移す。
「端っこ、剥がれてきてるよ」
「ご指摘ありがとう」
クロエに冷静に指摘されたので、ひんやりする湿布を指で撫でて、しっかり貼りつけておく。
「それにしても記憶を体験できる魔道具を作るなんて、やっぱりアシェルは、とんでもない奴だし、頼んで正解だったな」
推薦した自分の功績を噛みしめるかのように、ルシュは満足気に頷いた。
「で、ロッテの人嫌いな騎士様は、今どこに?」
からかうようにクロエに問われた私の脳裏に、不機嫌そうなアシェルの姿が思い出される。
『シナプスレコードが破損した。再度調整し直す必要がある。というか、連日君に付き合う義理はない』
はやく続きが見たいと迫る私に、アシェルはきっぱり断りを入れてきた。
その事実を姉に知らせたところ。
『魔導具の故障なら仕方がないわね。少し散歩してくるわ』
私を部屋に置き去りにし、自由を求めるように、窓から空に飛び立ってしまったのである。
(散々、私に「早く続きを見て」って急かしてきたのは誰だっけ?)
カーカーと鳴き声をあげながら、空の彼方に消えていく姉に呆れた視線を送りつけたのは、ついさきぼどのこと。
私は急にできた暇を埋めるべく、色々と心配してくれている親友二人を前に、今までのことをまとめて報告しているというわけだ。
「アシェルはシナプスレコーダーの調整中。すぐには出来ないんだってさ」
「彼の発明品だから、自分で修理する必要があるってわけね」
クロエの補足に頷く。
「お客様相談センターに連絡して、それからメーカーに郵送して修理するっていう、面倒な手順を踏まなくていいわけだし、数日で直ると思うんだけどね」
それでも「早く続きが見たい!」と焦る私にとっては、この数日すらもどかしい。
「あのさ、そのシナプスレコーダーとかいう彼の発明品があれば、誰でも簡単に他人の記憶を体験できるってこと? 」
少し弾んだ声のクロエが探りを入れてきた。
実家が商会を営む彼女は、お金に換金できそうな話に目がないからだ。
「リビィスカリスの使用は制限されてるわけだし、その魔法がかけられた物を商品化するなんて、絶対無理だろ」
(さすがルシュ。よくわかってらっしゃる)
クロエの特性を理解する彼は冷静に指摘し、彼女の危険な目論見を事前に阻止してくれた。
「そっか。残念だけど法は犯せないから商品化は諦めるわ。で、ロッテはこれからどうするつもりなの?」
興味津々といった様子で、クロエがたずねてきた。
「……とりあえず、ジャスティスリークとかいう馬鹿げたサイトを探して、その投稿者及び管理者を特定するつもりよ」
(許さないんだから)
思い出しただけで腹立たしくなり、テーブルに置いた、マンドラゴラを可愛く模したクッキーが並ぶ皿をひっくり返したい衝動に駆られた。
(お菓子に罪はないわ。我慢よ、私)
何とか堪え、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。
「ジャスティスリークね……」
クロエは呟きながら、クッキーを口に放り込む。それからローブのポケットに手を入れ、スペルタッチを取り出した。
「とりあえずアレックスに、聞いてみようか?」
クロエがスペルタッチをこちらに向けて、軽く振ってみせた。
彼女の提案を受け、脳裏に快活な笑顔を見せる、一人の男子生徒の顔が浮かぶ。彼女とそっくりなチョコレート色の髪に、スクープを探り当てる能力に長けたヘーゼルの瞳を持つアレックス。
彼は、クロエの弟だ。
ソリス寮所属で、現在十四才である彼は、魔導通信部に所属している。正直何をしている部活かよくわかっていない。とは言え、帰宅部である私たちより、遥かに学校の情報に詳しそうではある。
「そうだな。魔導ネットに詳しいあいつなら、何か知ってそうだし」
ルシュが頷き、クロエの案に同意を示す。
「だよね……」
正直、内々に調査を進めたい気持ちはある。
(私が姉の周囲を嗅ぎ回っているなんて知られたら、お父様とお母様をもっと悲しませることになるだろうし)
それだけは避けたいと願う。
ただし、アシェルを巻き込み、姉の意思を持つカラスを生み出してしまった現状を考えると、いい子ではいられない。
(何より、手元にはお姉様から託された、あと二本の記憶のデータが残されているんだし)
もはや、後戻りするなんて無理だ。
(だとしたら、どんな些細なことでもいいから、まずは、ジャスティスリークに繋がる情報を得るために動くべき)
思考を整理して、結論に達した私は顔をあげる。




