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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第一部:きっかけ
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記憶:きっかけ3

 真っ黒な空間が、私たちの周囲を支配していた。


 壁も床も見えず、ただ無限に広がる闇だけが存在する。


「なにこれ?どういう状況?」


 足元が気になり、その場で足踏みをしてみる。すると、視覚から情報が得られないせいか、バランス感覚が狂い、ふらついた末に尻もちをついてしまった。


「いたっ!」


 痛みと焦り。まるで、闇に引きずりこまれるような感覚に襲われて思わず声をあげる。


「アシェル、どこ?助けてよ!」


「君の隣にいるだろう」


 冷静な声が近くで響く。しかし真っ暗で姿が見えない。


「あなたが全然見えないわ。この世界のデータが破損してるんじゃないの?戻れなくなったりしないでしょうね?そんなの困る!」


 尻もちをついたまま不安が募り、ヒステリックに叫んでしまう。


「落ち着け。データが破損しているだなんて心配は、僕に失礼すぎるぞ」


 声のする方に手を伸ばすと、温かいものに触れた。たぶんアシェルの手だ。


「よかった……いたのね」


 そのまま彼の手をしっかり握り、逃がさないようにする。


「流石に君をここに残して戻ったら、うるさいカラスにつつかれる未来しか見えないしな」


 アシェルは呆れたようにため息をつきながら、私を起こしてくれた。


 立ち上がると同時に彼が私の手を離そうとする動きを感じ取る。


「無理。このままでいて」


 こんな不気味な場所に一人置いて行かれたら困ると、彼の腕にしがみつく。


(よかった。半透明仲間だと触れ合えるみたい)


 安心する気持ちのまま、彼の腕を掴む手に力を込める。


「おい、不適切な距離だぞ」


 こんな状況の時に、思い出したとばかり、紳士的な態度を主張するアシェル。


 生命の危機すら感じるこの状況に対し、彼の要望に応えるなんて無理だ。


「で、ここどこ?私はちゃんと戻れるのよね?」


「……さあな。僕にもわからない」


 彼の諦めたような声が、闇の中に吸い込まれていく。


「何なのよ、もう。やっぱりデータが破損してるんじゃないの?」


「だから、そんなことはないと……」


 彼が何かに気づいたように言葉を止めた。


(やだ、何か来る——)


 闇の中で空気の乱れを感じ、咄嗟に彼の腕にしがみつく両手に力を込める。


 次の瞬間、暗闇に無数の文字が浮かび上がり始めた。


 最初はぼんやりとした赤い点に見えたそれが、次第に線を描き、言葉へと形を変えていく。


 次々と生み出された文字たちは、まるで生き物のように規則なく動き回り、空間全体を彷徨いはじめる。


『クラウディア様の動画、ショックなんだけど』


『あれが本心なんだよ』


『困っている子を見過ごすなんて、ほんとに酷いよね』


『未来の王妃があれじゃ、学校も終わりかも』


『ただの偽善者。助ける気ゼロで草』


『ルクス以外の生徒には、差し伸べる手がないってよ』


 鋭利な刃物で刺すような、悪意に満ちた文字の群れが、私たちの周りを取り囲む。


『化けの皮が剥がれる日も近いんじゃ?』


『どんなに見た目が良くても、心が汚い人が王妃殿下になるのはやだ』


『侯爵家に生まれてなきゃ、ただの人ってことがバレたよね』


 まるで、魔導ネットワーク上にある掲示板の書き込みを見せられているようだ。


「なんなのよ……毒舌の連鎖反応を起こしすぎだわ」


 呟きながら、私たちを取り巻く、言葉の鋭さに息が詰まる。


「これは、クラウディア様の心に、傷を負わせた言葉たちなのかもしれないな」


 アシェルの声が低く響く。


 私は目の前を漂う赤文字『美人だからって調子にのるな』を見つめ、思わず顔をしかめる。


「どうしてこんな酷いことが書かれてるの?フィデリス殿下やお姉様に関する投稿で、あまりに悪質なものは、魔導ネット上から削除されるって話だったのに」


「検索に引っかからないサイトもある。どちらにしても……酷すぎるが」


 こちらを威圧するように、大きく表示された『成績のために、誰かれ構わず色目を使ってるらしい』という一文を見つめるアシェルが、嫌悪感を滲ませた。


(さすがに、お姉様はそんなことする人じゃないわ)


 姉が過去にこれらの言葉を目にした事実を想像すると、胸の奥に怒りが湧き上がる。


(お姉様を傷つける権利があるのは、私だけなのに)


 気づけば、掴んでいるアシェルの腕に、さらに力を込めていた。


 アシェルがちらりと私を見て、小さく息をつく。


「大丈夫か?」


 珍しく、彼が私に気遣う言葉をかけてくれた。


(怒りは収まらないけど)


 あいにく、それを爆発させる相手は彼じゃない。


「この程度の悪意、私にとっては、なんてことないわ。だって私は長いこと、社交界で不名誉な噂を提供する側だったから」


 おどけたように肩をすくめると、アシェルは一瞬面食らった表情になったあと、「確かにな」と苦笑する。


「だから、姉と変わってあげられたら良かったのにって、思う」


 小さな声で呟く。


「何か言ったか?」


 聞き返され、慌てて首を横に振る。


「なんでもないわ」


 誤魔化すように微笑む。すると彼は、嘘をつくなと言いたげな表情で、私の顔を覗き込んできた。


『クラウディアは完璧を気取ってるくせに、影ではこれだよ』


『フィデリス殿下も大変だな、こんな女が婚約者で』


 彼の視線を避けるように顔を背ける。


 周囲では、相変わらず姉を嘲笑し、貶める残酷な文字が絶えず流れていた。


『ルクスのプリンセス様は、下々の者なんて目にも入らないんだろうね』


『あんなやつが友愛の輪賞とか笑わせる』


『ジャスティスリークがなかったら、まんまと黙されるところだった』


 初めて目にする言葉にハッとする。


「アシェル見て!」


 私はまるで逃げようとするかのように、動き続ける一文を指差す。


「ジャスティスリーク……」


 アシェルは、私の指し示す文字を見つめ、眉を顰める。


「きっとこういった書き込みばかり集まる、秘密の掲示板があるんだわ」


(姉を傷つけた人物の手がかりを見つけた)


 逃さないと、まるで魚が泳ぐように舞う「ジャスティスリーク」を睨みつける。


「掲示板の住人である生徒たちは、秘匿性を盾に、言いたい放題してたのよ」


 思わず怒りで声が震える。


(お姉様が一体何をしたと言うの?ただその場を通り過ぎただけじゃない)


 彼女はこの悪意に満ちた文字の嵐を、たった一人で受け止めていたのだ。


「ジャスティスリークか……」


 アシェルが低く呟く。


「正義を名乗るものほど、恐ろしい者はいないというわけか」


 なぜか自重的に呟く彼の言葉が、暗闇に不気味に響く。


 その時、視線で追っていたジャスティスリークという赤い文字が突然、痙攣を起こしたように小刻みに震えた。


 それから、周囲を漂う真っ赤な文字が、なぜか私たちに向かって一斉に飛びかかってきた。


「え、なに!?」


 息を呑む間もなく、文字の塊が風を切る音とともに私たちに襲いかかる。


「伏せろ!」


 アシェルの叫びが響き、私は彼に腕を強く引かれ床におでこをぶつける。


「痛っ。もう少し優しくしてよ」


 不満を口にしながら体を起こそうとすると、彼はあろうことか、私の体の上にのしかかってきた。


「ちょっと、重たいってば」


「シナプスレコーダーの出力が落ちて、制御不能になっているみたいだ。しかも僕達が物体を透過する機能も失われているようだ」


 アシェルの声は珍しく焦りを帯びていた。そんな彼を見るのは初めてだったため、青ざめる。


「制御不能? 透過しない?ちょっと、冗談じゃないんだけど。私はここで死ぬなんていやよ!」


 叫びながら、顔をあげようとすると、またもやアシェルに頭を床に押さえつけられた。


 ピュン、ピュンと頭上で風を切る音が頭上で響く。


(見えないと、想像が膨らんで余計怖いんだけど)


 悪意ある文字が襲ってくるなんて状況は、さすがの私も笑えない。


「アシェル、何とかしてよ!」


「やっている——が、君も少しは黙ってろ!」


 彼の怒鳴り声に咄嗟に反論しかけ、すぐに口を噤む。


(彼の邪魔をするのは、さすがに良くないわ。だって、今はそれどころではないのだから)


 突然、空間全体が震え、歪み始めたのを全身で感じた。


「え」


 自分の体が、どこかに吸い込まれる感覚に襲われる。


 次の瞬間、アシェルに抑え込まれていた私の体は、するりと彼の下から抜け宙に浮く。


「キャー!!」


「シャルロッテ、掴まれ!」


 アシェルが片手を私に伸ばす。私は彼の手をしっかりと握る。


「何が起こってるの!?」


「記憶空間の崩壊が始まっている」


 アシェルは、片手で私を引き寄せながら、もう片方の手で、宙に円を描く。その中に正三角を二つ重ねるように描き入れ、数字や古代語を次々と書き連ね、、魔法陣を展開し始めた。


 振り向くと、赤い文字の群れがまるで巨大な波のように押し寄せてくる。


(何がなんだかわからないけど)


 死にたくないという思いだけはわかる。


「アシェル、頑張って!」


 叫んだ瞬間、彼が力強く呪文を唱える声が響いた。


「緊急脱出プロトコル、起動!」


 その言葉とともに、シナプスレコーダーの空間がさらに激しく揺れ動き、視界が明滅する。


 全身を激しい光と熱が包み込む。


 音も、視覚も、全てが吹き飛び、ただひたすらに圧倒される感覚が私を襲うのであった。

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