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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第一部:きっかけ
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記憶:きっかけ2

 中庭にいたはずの私は、姉の部屋にいた。窓から差し込む月明かりが、部屋の中を静かに照らしている。


 部屋に備え付けられた家具は、長い時間を経た独特の風格を漂わせてはいるものの、どれもこれも、表面が丁寧に磨き上げられている。


(さすがルクスの生徒って感じ)


 壁に沿って置かれた、姉の机に視線を落とす。


 余計なものは全て机の引き出しに収納してあるのだろう。机の上には、デスクライトとペン立てが置いてあるだけだった。


 彼女の机の天板には、変色したインクのシミ一つ残されていない。


「私の机には、インクのシミどころか、先輩たちの名前が好き勝手、あちこちに刻まれているんだけど。そのせいで、かなりボコボコして使いづらいのに」


 愚痴っぽく呟き、「アシェルの机はどう?」と、腰窓越しに、外を眺める彼にたずねた。


「僕の部屋の机には、『苦痛には限度あれども恐怖には限度なし』と、古代ローマの博物学者、プリニウス二世の言葉が刻まれている」


 こちらを振り返りもせず、アシェルはどこか気取った口調で答える。


「なるほど」


(わりと気に入ってると)


 一人納得すると同時に、アーク寮で代々受け継がれてきた家具には、卒業生の個性が色濃く残されているのが当たり前なのだと、再確認した。


 引き続き探索を続けようと、壁を飾る棚に目を向ける。


 そこには、律儀な姉らしく家族写真が立て掛けられていた。隣には婚約者フィデリス殿下と並んで仲睦まじく撮影したもの、それからルクスやソリスの制服を着た友人たちに囲まれたものなどが等間隔で飾られている。


(当たり前のように、アークの生徒はいないのね)


 ルクスやソリスと線引きするアークの生徒は、例え相手がフィデリス殿下だろうと、姉だろうと、写真を一緒に撮る関係値を望んでいないようだ。


(ま、私もそうだけど)


 社交界で煙たがられている私には、貴族の友達はルシュくらいしかいない。


「あ、フィデリス殿下とエリザ様と、三人で撮った写真もある」


 写真に映る三人は五歳くらいだろうか。


 白い花を咲かせるシロツメクサの草原で、クラウディアはエリザ様と顔を突き合わせ、楽しそうな笑みを浮かべていた。


 エリザ様の背後に立つフィデリス殿下は、いたずらっ子の表情を浮かべ、今まさに彼女の頭の上に、花の冠を載せようとしている。


 幼馴染である三人の、何気ない日常を切り取った写真は、幸せが漏れ出していた。


 しかし、幸せな光景は棺に収まる姉の姿で上書きされる。


(この時のお姉様の笑顔は、永遠には続かなかったのね)


 途端にしんみりとした気持ちが込み上げてきて、慌てて写真から目を逸らす。


 他の棚には、賞状や様々な形をしたトロフィーが誇らしげに並べられていた。どれも触れると淡い光を放つ、魔法細工が施されたものだ。


 盾の形をしたのは、ルクス寮の優秀生に贈られる、守護の盾賞。


 輪になっているのは、他者を助ける姿勢を評価される生徒へ贈られる、友愛の輪賞。


 大抵の生徒にとって、全校集会の壇上でしか見たことがないであろう盾や賞状は、その数の多さのせいか、ありがたみが薄れる気がした。


(……そう感じるのは、僻みなのかもな)


 久々嫉妬する気持ちのまま、部屋の一角を占める本棚に視線を移す。


 本棚には、姉が愛用していた魔法関連の教科書や専門書がぎっしりと詰まっている。しかもきちんと分類され、なおかつアルファベット順に並べられていた。


「本当にきれいにしていたのね……」


 自分と同じ間取りに、同じデザインの家具が置かれた部屋であるはずなのに、雰囲気がガラリと違うし、何より広く感じる。


 それは、この部屋がしっかり整理整頓されている状態だからだろう。


「で、お姉様はどこにいるのかしら」


 部屋のどこを探しても姉の姿が見当たらないため、アシェルにたずねる。


「確かに、次の記憶の再生までに、ラグがあるな。景色の読み込みは完了しているということは——」


 窓辺に立ち、腕を組むアシェルがブツブツと呟き、自分の殻に閉じこもりかけた時。


 突如、ベッドが置かれた辺りの景色にノイズが走る。


 次の瞬間、赤いベッドカバーをかけたベッドの端に、クラウディアの姿が出現した。


 すでにパジャマ姿になった姉は、ベッドの縁に腰掛け、手にしたスペルタッチの画面に視線を落としている。


 その表情は険しく、そして沈んだ様子に見えた。


 画面の光が彼女の顔を青白く照らし、部屋の静寂がいっそう重く感じられる。


 アシェルは姉の様子をじっと観察しながら、低く呟く。


「明らかに、何か気に病んでいるな」


 確かに彼の言う通りだ。


 姉の指がスペルタッチをなぞる様子からは、不穏な気配が伝わってくる。


『……なんでこんなこと』


 小さく呟く彼女の視線は画面を追いかけ続け、時折肩が小さく震えている。


(一体何を見てるの?)


 疑問に思った私は、姉のそばに歩み寄り、スペルタッチの画面を覗き込む。


 青白い光を放つ画面に表示されていたのは、さきほど中庭で見たばかりの光景を切り取った動画だった。


 繰り返しループされる映像は、姉にフォーカスされたもの。


 彼女がほんの一瞬だけ、転んだ女子生徒に視線を落とした後、何事もなかったかのようにその場を立ち去っている場面が切り抜かれていた。


 しかも、動画には『完璧なクラウディア様。その本性が暴かれる瞬間』と、明らかに悪意あるテロップがつけられている。


「こんなの、見ない方がいいわ」


 咄嗟に彼女の手から、スペルタッチを奪おうとする。


 しかし亡霊のように透けている私の手は、姉の持つスペルタッチをすり抜けてしまう。


『そんなつもりはなかったのよ』


 画面を見つめたまま、かすれた声で彼女は呟く。


『詠唱学のノート提出の締め切り時間が迫っていたから、仕方がなかったの』


 姉は肩を落とし、スペルタッチをサイドテーブルに置いた。


『だってみんなが私に預けるんだもの。しかもギリギリで出す人もいたし……』


 愚痴をこぼしながら、ベッドカバーに突っ伏す形で倒れ込む姉。


(お姉様でも、愚痴ることもあるんだ)


 まずそのことに驚く。それから、転んだ子を無視せざるを得なかった、姉なりの言い分があったようだと納得する。


「自分の宿題だけじゃなく、人の分まで預かっていたから、あの子を無視するしかなかったってことね?」


 お姉様に確認するも、答えてはくれない。


 なぜならここは彼女の記憶の中だから。


 そのことを意識した瞬間、景色がまた歪み始めた。


 姉の部屋は、見る間に薄暗い闇に飲まれていく。


「待って、まだ――!」


 抗議の声を上げる私の声をかき消すように、クラウディアの声が脳裏に直接響く。


『今思えば、これが全てのきっかけよ……ねえ、ロッテ。人は常に完璧ではいられないわ。でも、私には少しの欠点も周囲は許してくれないの』


 ふわふわ揺れる意識の中、彼女の声だけが、耳に残り続けたのだった。

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