真夜中の訪問者2
「カラスの言うことを信じるほど、僕の姉は愚かではない……と信じたい」
アシェルが恨めしそうな顔で姉を見ながら、絞り出したような声をあげた。
「そもそも『仲が良い』という言葉が、僕とシャルロッテ嬢の関係に当てはまるとは思えない」
「完全同意だわ。私たちは、ただの仕事仲間。ビジネスパートナーなのよ?」
援護するつもりで私が放った言葉に、アシェルが眉をひそめる。
「勘違いするな。君と僕は仕事仲間ですらない。たまたま同じ学年で、同じ寮に所属しているだけの関係だ」
彼は堂々たる態度で宣言した。
(なるほど、彼の中ではそうなんだ。少しは仲良くなれたと思ってたんだけど)
どうやらそれは全くの勘違いだったようだ。
よくよく考えれば、アシェルは極度の人嫌い。その考えは今だって、この先だって、ずっと彼の中で変わらないのだろう。
「ええ、そうね。私たちはすれ違っても挨拶も交わさない関係だったわ」
彼の意見を尊重しようとしたけれど、つい私の悪い癖が出て、嫌味っぽくなってしまった。すると彼は、がっかりするような表情になってため息をついた。
「なぜ君は、さっさとクラウディア様の記憶を再生しないんだ。僕にネクロメモリアを使わせる目的は、彼女の死の真相を明らかにするためだと、偉そうに口にしていたじゃないか」
「それはその……」
(私に語りかける姉の声を聞いて、なけなしの覚悟が砕け散ったから、怖くなったのよ)
なんて、口が裂けても言いたくない。
私を強い人間だと勘違いしている姉と、意地悪なアシェルの前では特に。
「…………」
固く口を結んだままアシェルを見つめると、彼は不敵に笑う。
「僕でも、お喋りな君を黙らせることが出来るとわかって嬉しいよ」
どこまでも嫌味な彼をキッと睨む。
「さ、僕を睨みつけるその目で見てくるといい。君が知りたかった真実とやらを」
アシェルは冷ややかな目で見下ろしながら、シナプスレコーダーを、私の手のひらに叩きつけるように持たせた。
「それを耳に装着すれば、バックアップ結晶から取り出したクラウディア様の記憶の断片と君の神経細胞が同期し、彼女の過去を追体験できるようになる」
「過去を追体験?」
「簡単に言えば、シナプスレコーダーは、『リビィスカリス』がかけられた魔導具ってことだ」
彼の説明を耳にしながら、小さな石ころサイズのひんやりする結晶を見つめる。
(なるほど、リビィスカリスか……)
過去に体験した記憶や感覚を極めてリアルに蘇らせる死霊魔法、リビスカリスもネクロメモリアと同じように、大学で学ぶレベルのものだ。
成功させるだけでも困難なはずなのに、彼の説明を信じるとすれば、リビスカリスを人ではなく道具に宿したらしい。
(とんでもない人を巻き込んだのかも)
後悔するも、彼がいたからこそ姉が復活したのは確かなこと。
(はぁ……音声を聞くだけでもしんどかったのに。さらに追体験させられるなんて、私の状況は絶賛悪化中ってわけね)
今すぐアシェルが作った魔道具、シナプスレコーダーを窓の外に投げ出したい気持ちに襲われる。
「あのさ、これを使ったとして、お姉様の記憶の中に閉じ込められたりしないの?」
(カラスみたいに、乗っ取られたらたまったもんじゃないんだけど)
呑気にあくびをする、姉の人格が乗り移ったカラスを見つめる。
「不安はわかる。だから僕も君と一緒に、クラウディア様の記憶を辿る」
「え?アシェルが……やさしい?」
意外過ぎて、素っ頓狂な声を上げる。
「ロッテ。生意気なアシェルが改心したのではなくて、私が丁寧にお願いしたのよ。『ロッテを守ってあげて』って」
「嘘をつくな。あの手この手で、僕を脅したくせに」
アシェルは、じろりとクラウディアをにらむ。
「あら、そうだったかしら?」
彼女はけろりとした表情で、「カーカー」と鳴いている。
彼はそんな姉を蔑むように見つめる。
「やはり君たちは姉妹は似ているな」
「そうね。カラスの魂を乗っ取ったお姉様と私は似てるわ」
(私が知る限りお姉様は、感情的に誰かと言い合う姿を見たことなかったもの)
ついに私は、目の前のカラスが「お姉様とは違う」という事実を認めた。
(これは、ただのカラスでお姉様じゃない)
私はお喋りなカラスを見つめる。
「いいわ。お姉様の過去を辿る旅に出る」
(覚悟なんてもうないし、怖いけど)
カラスのクラウディアに、いくら優しくしたって、姉を無視した事実がなくなったりはしないし、家族が私にかけた嫌疑がなくなるわけではない。
(私が姉を自殺させた原因じゃないってことを、突き止めないと)
そのためには、彼女が残した記憶を覗く必要がある。
「……必ず戻れると保証する。なぜなら、僕が作った魔導具だからな」
自信たっぷりな彼は、力強く言葉を発した。
「それに、君は誰かを信じないで進むより、信じてみて後悔する方がいいと思うタイプなんだろ」
かつて私が彼に告げた言葉を口にして、ニヤリと笑うアシェル。
「そうね。私は、あなたが羨むほど、短絡的思考で物事を解決できる人間だったわ」
精一杯強がって、微笑む。
「じゃ、行ってくる」
シナプスレコーダーを耳に装着する。
「座るからな」
アシェルは私の返事を待たず、ベッドの縁に腰を下ろす。
「ほら」
彼はまるで握手を求めるように、私に片手を差し出した。
「え、流石にそこまで優しくしてくれなくても大丈夫だけど」
「チャンネルをあわせるために、エーテル回路を同調させるだけだ」
アシェルは、バツの悪そうな顔で視線を逸らす。
「ああ、そういうことね。なら、はい」
私は彼の手のひらに自分の手を重ねる。するとしっかり握り返され、その瞬間、見えないはずであるエーテルの波動を感じた。
「あ、これって……」
私は瞳を大きく開きアシェルを見つめる。
「エーテルの同調」
「すごい、まるで体力増強ポーションを飲んだみたいに、体中に力がみなぎるわ」
手のひらから私の体内に流れ込むエーテルは、間違いなく上質なもので、心地よさを感じる。
「反発し合わないですんなり同調できるってことは、やっぱり相性抜群なんじゃない」
からかうように、姉が嘴で私の脇腹をつつく。
「ちょっとお姉様、やめて」
「じゃあ、いくぞ」
彼がそう告げた瞬間だった。視界を塞ぐように薄い光が広がり、姉の声が直接響く。
『些細なことだった。でも、私にとっては、そこから歯車が狂い始めたの。これは全ての始まりで、私のきっかけよ』
私の心は再生される姉の言葉に引きつけられる。ずっと聞きたくないと抗ってきた癖に、過去を語ろうとする姉の声から意識を逸らすことができなくなるのだった。




