ただのカラス4
「アシェル。ストレートすぎる言い方は、あまり褒められたものではないわ。それに、あなたは私を不躾に見つめすぎね。もう少し紳士らしく、オブラートに包むような視線の方がよくてよ?だって私は裸なのだから」
カラスが嘴をパクパク動かし、アシェルに意見する。
羽をバタバタさせる様子からは、しっかりカラスの怒りも読み取れた。
(ほんとに、お姉様なの?)
見た目と声色こそ違うけれど、雰囲気は姉に似ているような気もする。ただ、実際の彼女は男子の前で、はっきり「裸なのよ」と、ストレートに主張はしないだろう。
(きっと、『淑女にあるまじき格好を強いられているのですから』とか、そんな風に言いそうだし)
現状、言葉のチョイスには疑問が残るも、クラウディアっぽいカラスだなという感じだ。
(他に何か、決定的にお姉様だとわかる特徴はないのかしら?)
じっくりカラスを見つめる。しかし、羽が青白く発光している以外は、どこにでもいそうな、ただのカラスにしか見えない。
「なるほど。確かにお喋りなカラスだな。実に興味深い」
アシェルはわかりやすく瞳を輝かせ、カラスを注意深く観察するためか、さらに鳥かごに顔を近づけた。
「私はクラウディアよ」
カラスが羽を脇腹に当て、胸を張って主張した。
「今の主張が正しいとしたら、お姉様はカラスになって生き返ったってこと?」
極めて理解不能な状況に、納得できる答えが欲しいと、アシェルに視線を送る。
「一度亡くなった者は、生き返ったりしない」
私のわずかな願望がこもる推測を、彼はきっぱり否定した。
「だとしたら、どうしてお姉様みたいな口調なの?」
「このカラスは、エテルナキューブを飲み込んだ影響で、クラウディア様に魂のコントロールを奪われた状態なのかも知れないな」
彼はチラリとも私を見ず、白く長い指で鳥かごの縁をなぞりながら告げる。
「魂のコントロールを奪うって、そんなこと可能なの?」
「可能かどうか。その点を議論する必要はない。現状このカラスは、明らかに自分自身を喪失している状態だからな」
「つまり、自我を失ってるってこと?」
「ほぼ、そのような状態なのだろう」
「どうしてそんなことになってるの?」
「エテルナキューブを飲み込んだせいだ。彼女の記憶の残響が体内で漏れ出し、この小さな体に影響を及ぼしている可能性がある」
アシェルの説明は的を射ているようで、どこか現実味がなく、いまいちスッキリしない。
「お姉様の記憶がこの子の魂を乗っ取ったなら、このカラスがお姉様だって言えるような気がするんだけど」
「それは間違いだ。クラウディア様の魂が完全に乗り移ったわけではないからな」
これは推測でしかないがと、彼は前置きして続ける。
「僕がエテルナキューブに保存した記憶の痕跡は、彼女の全てではない。つまり遺体に残留する魂の欠片から取り出した、クラウディア様の人格を構成する一部に過ぎないということだ」
「あー、亡くなって、それなりに日にちも経っていたもんね」
「カラスの魂は人より小さい。だからこのカラス自身の魂は、一部とは言えクラウディア様の……密度の高い人間の魂に飲み込まれ、まるで彼女のように振る舞っているのだろう」
アシェルは淡々と話しながら、杖の先でカラスを突っついた。
「痛っ……ちょっと!レディの身体をつつくのは、失礼じゃなくて!?」
お姉様を名乗るカラスが抗議の声を上げると、アシェルはニヤリと笑い、杖を引っ込める。
(悪魔だ、悪魔のアンデットがいる)
彼からカラスを遠ざけようと、鳥かごを引き剥がす。
「つまり、どういうことなの?」
「この鳥はクラウディア様ではないが、ただのカラスでもない」
「私はルグウィン侯爵家のクラウディアですわ!」
カラスが不服を訴えるかのように、バサバサと音を立てて羽ばたく。
「そう。このカラスには間違いなくクラウディア様の魂が乗り移っている状態だ。そして、重要なのは、彼女の意識がここで生きているという事実の方だろう」
「生きている……」
そんなはずはないと頭ではわかっていても、心が期待し、胸が震える。
「勘違いするな。クラウディア様は亡くなった」
アシェルが私の期待を打ち砕くよう、しつこく繰り返す。
それから私を真っ直ぐ見つめた。
「いいか?一時的にカラスの魂は乗っ取られ、まるでクラウディア様の意識が生きているかのように喋りだしているが、こいつはクラウディア様ではない」
脅かすように告げられ、私はつい頷く。
「なんとなく理解したわ。で、こういうのは、よくあることなの?」
「ないな」
「ないのね……」
「少なくとも、僕の知る限りでは」
アシェルは私の問いに即答し、長い睫毛が縁取る瞳を僅かに細めた。
「ま、偶然の産物だろうな。よって、残念ながら再現性は低いと言わざるを得ない。そもそも、このカラスはクラウディア様ではない。ただのカラスだ」
「ただのカラス……」
アシェルと共に、鳥かごの中を見つめる。
「誰が何と言おうと、私はクラウディアですわ!!」
私たちの視線を浴びたカラスは、不服を表すかのように、止まり木の上で地団駄を踏み、羽を大きく広げた。
「実に滑稽だが、死者を蘇らせる方法の研究としては、興味深いものがあるな」
目を細めたアシェルが、またもや杖を鳥かごに差し込もうとした。
「ちょっとやめて。この子に罪はないんだから、いじめないでよ」
後退りし、彼から鳥かごを咄嗟に遠ざける。
「動物愛護協会に訴えるわよ。ついでに『あなたの弟は、血も涙もない無礼者だ』って、エリザ様にも言いつけてやるから」
カラスも私に倣い、彼をじっと睨みつける。
「……言葉を喋るカラスの視線ほど煩わしいものはないな」
彼は小さくため息をついたのであった。




