ただのカラス3
アシェルの部屋に侵入した瞬間、部屋の中からふわりと漂う匂いに足を止める。湿った土のような、あるいは薬品のような、何とも形容し難い匂い。
パチンと音がして、部屋に明かりが灯される。
「アシェル、あなたはいったい……」
つい言葉を失ってしまったのは、明るくなった途端、壁に掛けられた奇妙な装飾品——大小さまざまな骨が目に飛び込んできたからだ。
部屋の中は比較的整理されている。奥に並ぶ棚に視線を移す。そこには、魔法の触媒に使うのか、透き通る結晶が整然と並んでいた。
(これはお兄様の部屋でも見たことあるような気がするから、いいとして)
問題は、びっしりと並ぶ怪しい瓶のほう。棚に並んだ瓶の中には、不気味な形状の何かが液体に沈んでおり、思わず目を背ける。
テーブルの上には解剖図のようなものが広げられ、隅には色褪せた本が積み重なっている。
ざっと確認したところ、『初期人類の形態的特徴』『進化と崩壊の系譜』『死者の記憶と魂の器』『人間の脳を解剖する』など、怪しすぎるタイトルばかりが並んでいた。
そして部屋の隅、床に無造作に置かれたものに気づき、思わず後ずさる。
(まさかあれは、人間の頭蓋骨!?しかもなんで変な管が沢山ついてるわけ?)
血管を模したような、赤と青の線と繋がれた頭蓋骨なんて不気味以外のなにものでもない。
「これ、ほ、本当に人の骨?」
レプリカだよね?と、願いを込めてたずねる。
「さあ、どうだろうな」
異質な空間に馴染む彼は、無表情ではぐらかす。
透き通る紫色をした彼の瞳の奥に、どこか人の心が通わない、冷たい光が宿っているように感じてしまう。
「あ、あなたってアンデッドなの?」
つい放ってしまった言葉に、彼はふっと微笑む。
「それはどうかな。ただ、ここにあるのは、人類の起源と進化の解明という、崇高な目的のために集められたものだ」
彼が口にした言葉の響きが、妙に拗らせた感じで怖かった。
「……どんな崇高な理由があっても、この部屋に私は住めそうもないわ」
本音を漏らした私に、アシェルは肩をすくめる。
「で、カラスがどうしたって?」
私が胸の前で抱える鳥かごに視線を移しながら、彼がたずねた。
ハッとし、彼の部屋に押しかけるきっかけを思い出す。
「それがね、突然この子の話が理解できるようになったの。しかもこの子は自分をお姉様だと思ってるっぽくて。それって、エテルナキューブを飲み込んだ副作用なのかな?」
息継ぎもせず、一気に説明する。
「ふむ」
アシェルが鳥かごに顔を近づけた。
彼の長い睫毛が頰に影を落とし、その美しさを際立たせる……が、その美しさの根底にあるのが、アンデットだからだと思うと、不気味に思えてきた。
「クラウディア様だと思っている……ね」
彼はぼそりと呟き、視線をカラスに注ぎ続ける。
「それで、このカラスは、君に何を話したんだ?」
何気なく放たれた問いに、ギクリとする。
「えっと……真面目に勉強をしていて偉いわね、とか。うん、そんな感じだったわ」
「異議あり。私はロッテが貴族年鑑を見てるなんて、あまりに珍しい光景すぎたから、その理由に興味をひいたのよ」
鳥かごの中にいるカラスが、得意げに口を挟む。
「なるほど、僕に馬鹿にされたのが悔しくて、貴族年鑑を学んでいたと」
「ち、ちがうし」
「君は、意外に素直なところがあるんだな」
カラスを見つめたまま、意地悪く口元を歪ませたアシェルはなんだか嬉しそうだ。
「そ、そういう気分だっただけよ。貴族年鑑の件にあなたのことは全く関係ないから、勘違いしない方がいいと思うけど?」
苦しい言い訳だと知りつつ、認めるという選択がない私は、つい言い返してしまう。
「前言撤回。君は捻くれ者だ」
(あなたもね!)
彼をキッと睨むと、またもや別の声が割り込んでくる。




