ただのカラス1
様々なトラブルを乗り越え、手にしたお宝。バックアップ結晶をアシェルに預けて数日後。
連絡用にアドレス交換していたコミニュケーションアプリ『ウィスプ』宛に、彼からメッセージが届いた。
『バックアップ結晶内のデーターは、スペルリンクで再生できるよう、データー形式を変換しておいた』
彼らしい端的なメッセージと共に送信されてきたのは、三個に別れた音声と動画データだった。
それぞれに番号と題名がついており、その意味を彼にメッセージで尋ねると。
『普通は、順番通りに再生するだろ』
そっけない返事がアシェルから帰ってきた。
スペルタッチの画面に表示された文字から滲み出す捻くれた性格に、「アシェルは心を無くしたアンデットである」とする説を推す気持ちが増した。
その後、寮の自室に籠もった私は『1、きっかけ』と記されたデーターをスペルリンクで、早速再生する。
『これは私、クラウディア・ルグウィンの記録……』
ヘッドホンを通し私の耳に静かに響いたのは、柔らかくも芯のある姉の声だった。
ツリーハウス内でバックアップ結晶を発見した時点で、何となく想像はついていた。
そもそも発見場所は私たちの思い出の場所で、辿り着けるのは、兄か私くらいしかいないから。
(事なかれ主義で、気弱な兄がお姉様の死を探ろうとするはずがないことは、お姉様だって予測していたはずよ)
だからきっと、姉は私に見つけてもらうことを想定して隠しておいたのだろうと、心のどこかで覚悟していた。
しかし、バックアップ結晶に残された彼女の独白内容は、私の覚悟を遥かに超えるものだった。
「……お姉様」
結晶を通して再生される姉の残した記録は、あまりに生々しすぎて、言葉を失う。
プロローグと題された音声は何とか聞き終えた。けれど、先に進む勇気が消失してしまう。
外界の音を遮断する、ノイズキャンセル機能のついたヘッドホンを外す。
壁にかけられた時計の秒針が刻む、微かな音が耳に飛び込んできた。姉と私が一対一で向き合っていた世界から急に現実に引き戻される。
「お姉様が私をずるいと思っていたなんて」
そんなの全然気付かなかった。
「だけど、信じられないわ」
(お姉様は完璧で、私は真逆だというのが、ほとんどの人にとっての認識だもの)
スペルタッチを手放し、ワイン色のカバーで覆われたベッドに足を投げ出す。
「お姉様の勘違いには、呆れたものね」
ベッドボードと腰の間に入れていたクッションの位置を直しながら呟く。
それから目についた、サイドテーブルに置かれた分厚い本――『新装版:図解でわかる貴族年鑑』を手に取る。
(ちょっと気持ちを落ち着けないと無理)
購入したばかりである、肖像画や画像が豊富に掲載された貴族年鑑を徐ろにパッと開く。
流れるような長い巻き毛のかつらを被った肖像画の男性と目が合う。魔法がかけてある肖像画の彼は、私にウィンクを返してきた。
感じ良く、チャーミングな人だ。
「ええとこの人は、初代プラネルト伯爵の、エミル・エルヴィス・プラネルト卿か。どうりで目元の感じがルシュに似てるはずだわ」
親友のルーツとなる人物の姿を見て納得する。
「ロッテが貴族年鑑を手にしているなんて、一体何があったのかしら」
「別に、アシェルに馬鹿にされたからじゃないし……え、だれ?」
一人部屋であるはずの私の部屋に、突如響いたしゃがれた声に驚き、辺りを見回す。
時代を感じさせる寮の部屋は、いつも通りの光景が広がっていた。
机の上には散らかった紙と筆箱から飛び出た鉛筆たち。その周囲には魔法書や授業で使う小道具が雑然と積み上げられている。
一見すると無秩序に見えるけれど、私自身にとっては、絶妙な「整った混沌」だ。
窓辺にはレースのカーテンがかけられており、窓から月の光が静かに差し込んでいる。
「異常なし。ってことは、空耳だってこと?」
「まぁ、失礼しちゃうわ。私を空耳扱いするなんて」
声のした方に恐る恐る顔を向ける。
するとそこには、ハンガーラックにぶら下がる鳥かごがあった。中にいるのは、最近アシェルから押し付けられた泥棒カラスだ。
彼がSNSに投稿した『カラスを探しています』という切実なメッセージは瞬く間に拡散され、多くの人の心を動かした。その結果、ルグウィン領内の住民たちが協力し、たった一日で泥棒カラスを捕獲することに成功したのである。
しかし、いくら待ってもエテルナキューブはカラスのおしりから排出されず、「君が面倒を見るのが妥当だろうな」と、まんまとアシェルに押し付けられてしまった。
(泥棒カラスが、今喋ったような)
ジッと鳥かごに入ったカラスを見つめると、コテンと首をかしげた。
「そんな、まさかね」
一応カラスを確認しておこうと、ベッドを降りて立ち上がる。
鳥かごに入るカラスの羽は、エテルナキューブに一時保管した姉の記憶の痕跡を示す、青白い光をまとったままだ。
「そう言えばすっかり忘れてたけど、あなたがツリーハウスまで導いてくれたのよね」
(となると、お姉様の記憶がカラスを動かしているとも言える?)
すぐにそれはあり得ないと首を振る。
姉の死体に残る魂から抜いたのは記憶の痕跡だけ。過去の事を喋り出す可能性があっても、自我を持つ訳がない。
「あなたの飲み込んだエテルナキューブは、一体どうなってるのかしら?」
こちらを見つめるカラスに問いかける。
泥棒カラスは、私の言葉に困惑したような表情になると、真っ直ぐ見つめ返してきた。
「ロッテ。一つ忠告するけど、カラスに話しかけていることは、あまり人に知られない方がいいと思うわ。そうじゃなくても、あなたの社交界での評判は、すでに最低値を叩き出しているのだから」
「!?」
「それと、驚かないで欲しいんだけど、私はこう見えてクラウディアよ」
「カ、カラスの言葉がわかるんだけど!!」
(緊急事態発生!!!!)
私は鳥かごを掴むと、一目散に部屋を飛び出したのであった。




