消えたカラス1
アシェルの後に続き、頼りになるとは言い難い、朽ちかけた梯子を使って木の根元へ戻る。ブーツ越しではあるが、足の裏に土を踏みしめる感覚が届き、思いの外ホッとした。
「さ、早く帰ろう」
先に降りていたアシェルに、急かすよう声をかける。
しかし彼は一点を見つめ、呆然と立ったまま微動だにしない。
「もしかしてエネルギー切れ?」
「……カラスがいない」
「え?」
彼の言葉に驚き、泥棒カラスを無慈悲に縛り付けていた木に視線を向ける。
「あ、ほんとだ。いなくなってる」
カラスを縛り上げていたはずのロープが、虚しく風に揺れるだけの光景が広がっていた。
「まさか、逃げたってこと?」
キョロキョロと辺りを見回すも、泥棒カラスの姿はどこにも見当たらない。
「泥棒カラスがいないって、お姉様のエテルナキューブはどうなっちゃうの?」
慌てて木の周りを歩き回ってみるも、黒い羽根も影もどこにもない。
柔らかな風が吹き、木々がさらさらと音を立てるだけだ。
「ねえ、アシェル。どうしよう」
不安に駆られて振り返る。すると、彼はカラスを縛り付けていた木の根元にしゃがみ込んでいた。
「エテルナキューブは落ちてた?」
一縷の望みをかけてたずねる。
「……ないな」
彼が残念そうに呟く。
「どうしよう……」
溜息をついて、がっくりと肩を落とす。
「ねぇ、エテルナキューブを飲み込んだカラスってどうなるの?」
「知らない」
彼の返事がいつにも増して素っ気ないのは、カラスを逃がした負い目があるからだろう。
「このまま見過ごしても平気なの?誰かに危害を与えたりしない?」
「少しは自分で考えろ」
「わからないんだ」
「……黙れ」
アシェルは、私の言葉には耳を貸さず、木の根元に座り込んだまま動こうとしない。
そんな彼の手にはスペルタッチが握られていた。
さり気なく端末の画面を覗くと、クグールという検索エンジンのホーム画面が確認できた。さらに目を凝らすと、今まさに、彼が検索バーに打ち込む文字が読み取れた。
(エテルナキューブ カラス 飲み込み……って)
まさかとは思うけれど、『エテルナキューブを飲み込んだカラスはどうなるのか?』という非常にレアケースな問題を、ネットで検索し解決しようとしているのだろうか。
「難解な本を読み解くのが趣味みたいなあなたも、最後は魔導ネットにアップされてる情報に頼っちゃうんだ……」
呟いた声は、思いの外響く。そのせいで、自分が発した言葉を客観的に受け止めることができた。
(今のは、嫌味っぽい言い方だったかも)
少なくとも、寮を無断外出させ、墓荒らしを手伝ってもらった功労者にかける言葉ではなかったと、後悔する。
(思ったことをすぐ口にしちゃうのは、私の悪いクセなのに)
どうしても、「ロッテは、一呼吸置いてから物言うこと」という、母の有り難い教えを破ってしまう。
「えっと、今のはごめん」
素直に謝り、アシェルの隣にしゃがみ込む。
「君になんと言われおうと、蚊に刺されたくらいにしか思わない」
「そう、ならよかった」
彼らしい答えに、ホッと胸を撫で下ろす。
「でもさ、魔導ネットの情報って信用できるの?」
手持ち無沙汰になった私は、拾った枝で地面を掘り起こしながら彼にたずねる。
「さあな」
「さあなって……」
「エテルナキューブは近年開発された特殊な媒介なんだ。そもそも死霊魔法自体、倫理的な観念から疑問視される声が強く、規制の動きが高まっている。だから魔導ネット上でも、堂々とエテルナキューブの操作方法、その危険性などが公開されているとは思えない」
アシェルは捲し立てるように早口で説明してくれた。
「そもそも君も死霊魔法専攻者だ。この程度の知識はあって然るべきだと思うが」
「知ってるわ。だからこそ、ネットで調べても無駄だと思ったの」
「理解しているようで安心した」
こちらをチラリと見もせず、スペルタッチを触り続けてる彼は、画面をコツコツ指で叩く。
「ほんと、アシェルって、歩く嫌味製造機だよね」
「君だけには言われたくない」
「私だって、あなたにだけは、指摘されたくないわ」
気まずい空気になり、思わず黙り込む。
彼と話していると、会話のキャッチボールが続かないどころか、言葉のデッドボールをぶつけ合う状況になってしまうようだ。
「アシェル、エテルナキューブはカラスに飲み込まれちゃったんだよね」
このまま沈黙を貫くわけにも行かず、おそるおそる口を開く。
「ああ」
「それってさ、カラスが飲み込んだエテルナキューブは、消化して出てくる可能性があるってこと?」
「……さあな」
スペルタッチに夢中な彼は、私の投げかけた疑問を軽く流す。
「ねぇ、どうして天才と名高いあなたが、現在進行系で無駄なことをしてるの?」
「貶してるのか?」
「……少なくとも、魔法の才能は褒めたつもりなんだけど」
アシェルはわかりやすくため息をつく。
「最悪すぎる状況を前に、今できる策を取ったまでだ。ほら」
彼がスペルタッチの画面を私に向ける。
そこに表示されていたのは、フレアスクロールの投稿画面だ。
『ペットのカラスが脱走しました。捕まえた方には謝礼をお支払いします。
特徴:青く発光する黒い羽、足にロープが巻き付いている可能性あり。
性別:不明
特に危険性はありませんが、大事な荷物を飲み込んでいるため、急ぎ捕獲が必要です。発見された方は魔導ネットワーク経由でこちらのアカウントにご連絡ください』
アシェルが打ち込んだらしき文章と共に、カラスの画像が画面に表示されている。
どうやら知らぬ間に、ちゃっかりカラスを撮影していたらしい。




