懐かしのツリーハウス2
「私は子どもの頃、お姉様にべったりだったから。もしかしたら、お姉様も私を煩わしいと思っていたのかも」
静まり返った部屋に、感傷的に語る自分の声が響き渡る。
(しまった)
不要な発言に眉を潜め、アシェルを確認する。
すると、全くこちらには興味がない様子で、結晶を眺めていた。
(なるほど、興味なしと)
安堵すると同時に一気に気が抜けたので、話を本題に戻すことにする。
「あのさ、そのバックアップ結晶は、お姉様が刺繍したと思われる布に包まれていたわけでしょ?」
「つまり?」とアシェル。
「これは、お姉様が残したメッセージである可能性が高いってことだよね?」
口にした途端、心臓がどきんと鳴った。
「お姉様が亡くなる原因。その答えがここにあるかも知れないわ。今すぐ確認しないと」
身を乗り出し、はやる気持ちをそのまま伝える。するとと、彼は小さく首をふる。
「端末からデーターを読み込むための装置がないと無理だ。悪いが、寮に戻る必要がある」
「あー、そうだよね」
ガッカリして肩を落とす。
まるで風船の空気が抜けたように、「ようやく発見した!」と、浮かれる気持ちが見る間に萎んでいく。
(問題は、データをどう取り出すかだけど)
今後のことを考え、再びアシェルに向き直る。
「あなたに、データーを抽出する作業をお願いしていいかな?ほら、私は無知だから」
先程馬鹿にされた仕返しをする意味を込め、嫌味を含ませお願いする。
「僕に預けていいのか?」
「え?なんで?」
首を傾げると、眉を寄せた彼と目があった。
「成り行き上、君に脅されて協力する羽目になったが、僕と君は、社会的に相反する考えを主張する実家を持つ人間同士だ」
「そうみたいだね」
(詳しいことは良くわからないけど)
父の態度からするに、彼の家と敵対していることは間違いなさそうだ。
「対立してるけど、それはそれでしょ?」
澄ました顔で、さも理解しているふうを装う。すると彼はわかりやすく顔を歪めた。
「万が一このデーターの中に、僕の姉を含むコンラッド家の人間を貶めるような何かがあれば、僕は君に知らせず消去する。君はその可能性を考えたりしないのか?」
アシェルの指摘に、ドキリとする。
(その発想はなかった!)
私たちは本来、敵対する立場にいる。
私たちが揃ってここにいるのは、互いの利益が一致したわけではなく、彼を脅して無理やり従わせただけ。
しかも私のほうは、彼にかけられた謎の魔法の影響で、裏切りは許されないという、不平等な契約を結ばされているという状況だ。
(でも、待って)
怪しい魔法をかけた時、彼は確か……。
『これで、お互いフェアな立場というわけだ』
そう口にしていた。
(お互いフェアという発言は、アシェルも私を裏切ることはできないことを意味するのでは?)
冴えた閃きに、全ては解決したと安堵する。
彼が私に断りなくデーターを消去したら、それは裏切りだ。そうなった場合、彼の怪しい魔法のせいで、アシェルの裏切りは瞬時に私に筒抜けになるはず。
(問題は、彼の言う『お互いフェア』の意味がそれであってるかどうかだけど)
その件をこの場で蒸し返し、彼に直接確かめるのは得策ではない気がする。
悩む心のまま、アシェルをまっすぐ見つめる。
「僕は君を裏切るかも知れないぞ」
まるでこちらを試すような、険しい眼差しを向けてきた。
「裏切らないよ」
一か八かで断言する。
「根拠は?」
「私の勘がそう言ってるから」
アシェルは一瞬目を丸くした後、呆れたように笑う。
「なんだそれ。理論も裏付けもない、あまりに陳腐すぎる理由だな」
「褒め言葉として受け取っておくね」
口端をつり上げると、彼はさらに笑みを深める。
「君のそういう短絡的思考で物事を解決できる点は、ある意味羨ましいよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
軽口で応戦する私たちの間を、静寂が包む。
急に黙り込んだアシェルは、何かを考えるように、じっと私を見つめている。
「何?」
沈黙に耐えられず問いかけると、彼は小さく首を振る。
「いや、なんでもない」
「そう?ならいいけど」
釈然としない気持ちのまま、先ほど伝えた「私の勘」発言を一応補足しておこうと口を開く。
「……正直、不安がないわけじゃないよ。でも、自分一人でどうにかするには限界があるから」
彼の透き通る紫色の瞳が、一瞬だけ何かを考えるように細められる。
「全くもって、大胆な選択だな」
アシェルは静かに口にすると、結晶を丁寧に布で包みはじめる。
「裏切られる可能性があるのに、僕に任せるだなんて、随分と肝が据わっているようだ」
皮肉混じりの声に、私は肩をすくめた。
「あいにく私は、誰かを信じないで進むより、信じてみて後悔する方がいいと思うタイプなの。それに、あなたは嘘をつかないわ」
「ほう?僕が信頼に値すると思っているわけか?」
「そうね。少なくとも、これまでのやり取りを見てると、あなたは表裏のある人間ではなさそうだし」
墓を暴くなんて、自ら望む人はいない。むしろ誰に頼んだって断るはずだ。でも彼は、私に脅されたとは言え、手伝ってくれたし、今もそう。
なんだかんだ、私に付き合ってくれている。
「あなたは裏切らない」
言い聞かせるように告げると、彼は諦めたように、小さく笑った。
不思議なことに、彼がいま私に見せた笑顔は、いつもの、人を馬鹿にしたような笑い方には見えない。
(こんなふうに笑うことも出来るんだ)
本心からの笑みかどうかは、よくわからない。
ただ、彼も笑うんだと、大抵の人にとっては当たり前に備わる人間らしさに対し、妙に感動した。
「君がそこまで言うなら、この結晶は責任を持って預かろう。ただし、僕を裏切るような真似をしたら、取り出したデーターを君に渡すことはないからな」
「一方的に怪しい魔法をかけといて、良く言うわ。って、そろそろ寮に戻らないと」
ツリーハウスの思い出を押し込むつもりで、トランクの蓋を閉じる。
「任務完了」
ひと仕事終えた気分で立ち上がり、外に出ようと足を進める。
「シャルロッテ」
突如名前を呼ばれたので、立ち止まり振り返る。すると、険しい表情の彼と目が合った。
「もし、バックアップ結晶の中に、君の姉に関わる何かがあったとして。それをどう受け止めるかは君次第だ。覚悟しておくんだな」
その言葉は、私の心に重くのしかかる。
「わかってる。たとえ何があろうと、私は平気だから」
震えそうな声をなんとか押し殺し、伝える。
姉の死の真相に近づくことが、現時点では、正しいかどうかなんてわからない。
それでも、この一歩を踏み出さなければ、私は家族から姉殺しの嫌疑をかけられ、私以外の家族はそのことで、一生苦しむかも知れない。
「どうせ同じように苦しむなら、真実を知っていた方がマシだもの」
自らの心を奮い立たせるために紡いだ言葉は、静寂な夜空に、黒い影のように溶けていった。




