懐かしのツリーハウス1
ツリーハウスの中に入った瞬間、埃っぽい空気が私の鼻をついた。
続いて感じたのは、木の香りに混じる古びた紙や布の匂い。
当時は意識していなかったけれど、天井は低めに作られているようだ。
今となっては、手を伸ばせば簡単に天井に触れることができる。
「こんなに狭かったっけ……」
小声で呟きながら、腰に下げていた魔導ランタンを掲げると、室内がぼんやり照らされた。
部屋の中心に置かれた、四角い形をした船舶用の木製トランクは、父から譲り受けたもの。
その頑丈なトランクの上蓋は、私たちにとって、机であり、秘密の隠し場所でもあった。
さらに侵入した枝や葉が這う壁に目を向けると、古びた紙が貼り付けてあるのに気づく。
幼い頃に兄や姉、私が描いた絵がそのまま残されているようだ。
少し色褪せているけれど、誰がどの絵を描いたかは一目瞭然。
力強いタッチで画用紙からはみ出す勢いで描かれた竜の絵は兄の作品で、パステルカラーで描かれた繊細な花の絵は、明らかに技術力の高い姉の作品だ。
二人の絵の真ん中を飾るのは、線が歪んでいたり、色がはみ出していたりと、実に子どもらしい独特なタッチで描かれている作品だ。
丸い頭と三角形の体をした、にこやかな人物が三人並んだ絵の作者は私。
一番背が高いのがクラウディアで、次がロティシュ。言うまでもなく、一番小さいのが私だ。
(姉を殺したいほど恨むようになる前は、仲良しだったんだ)
兄や姉と、同じ空間にいられることが幸せだと感じていた頃があったことを思い出し、胸がチクリと痛む。
逃げるように絵から視線を逸らす。
新たに視界に飛び込んできたのは、部屋の隅に丸まって落ちている紙屑だ。かがみながら、紙を拾い上げる。虫食いなのか、所々穴が空いた紙を広げる。手書きで描かれていたのは、拙い地図のようなもの。
「これ、探検ごっこの地図だ」
古ぼけた地図には、「宝のありか!」と、子ども心に、夢中でつけたバツ印が残っている。
「……懐かしい」
思わずつぶやくと、部屋の中を見回していたアシェルが振り返る。
「ノスタルジーに浸るのもいいが、無駄に時間を使うなよ」
相変わらず冷たい口調だ。
(思い出に浸る時間すら許してくれないなんて、やっぱアシェルは、心を持たないアンデットなのかも)
小さくため息をつきながら、私は手にした魔導ランタンをさらに部屋の奥へとかざす。
「この箱。最近誰かが触れた形跡があるな」
部屋の中央に置かれた木製トランクの前にかがみ込み、アシェルが上蓋を指差す。
「どうしてわかるの?」
「ここだけ埃が薄くなっているからだ」
彼が示す場所に魔導ランタンの光をかざす。
「なるほど」
彼の指摘通り、まるで誰かが触れたような、薄っすらと埃が拭われている跡がある。
「何かを隠した、もしくは、探している誰かがいたってことか」
アシェルは、ランタンから漏れ出す光に照らされた室内をぐるりと見回す。
「かもね」と相槌を打った私は、トランクの上蓋を思い切って押し上げてみた。
「え」
あっさりと蓋が開いたので、拍子抜けする。
中に入っていたのは、大小さまざまな石。それから、しなった枝に糸を張った、お手製の弓と謎の白い布だ。
「これが君たちのお宝か」
背後からトランクを覗き込むアシェルは、からかうように目を細める。
「宝箱にしては、ずいぶんと貧相だな」
「うるさいな。子どもが思うお宝なんて、こんなものでしょ」
ムッとしながら、唯一記憶にかすらない白い布を手に取る。
「何これ?」
手に取った布を広げ、私は首をかしげた。
やたら手触りのいい木綿の生地に包まれていたのは、立方八面体の不思議な物体だ。表面は滑らかで、水晶のような透明感のある素材で、内部には複雑な回路が輝いて見える。
「これ魔道具っぽいけど……」
表面には、魔導機器と接続するためなのか、小さな溝があることが確認できた。
(一体なんだろう?)
不思議に思い眺めていると、アシェルが私の手元を覗き込む。
「はい、どうぞ。落とさないでね」
興味津々といった様子の彼に、謎の物体を布ごと手渡す。
「君が言える立場じゃないよな?」
アシェルの嫌味を聞き流し、彼が観察しやすいように、魔導ランタンで手元を照らしておく。
「これは、旧式のバックアップ結晶だろうな」
謎の物体を慎重に観察しながら、彼が予測を述べた。
「何それ?」
「……知らないのか?」
「あのね。全ての人間が魔道具の歴史に詳しいわけじゃないから」
ついトゲのある口調で反論すると、彼は呆れた顔で肩をすくめる。
「まあ、君は甘やかされて育った箱入り娘だもんな」
「どういう意味よ」
ムッとしながら聞き返したけれど、アシェルは答えてくれない。
「これは、データを保存しておくための容器みたいなものだ。クラウド保存が当たり前になって以降、過去の産物になりかけてるけどな」
「つまり、その中に何かの記録が残されてるってこと?」
「その可能性が高いだろうな」
「ふーん」
私は相槌を打ちながら、旧式のバックアップ結晶だと、アシェルが主張する物体を眺める。
先程は気付かなかったけれど、結晶の表面には、古代の魔法文字や幾何学模様がうっすらと刻印されている。
魔導ネットワーク初期の頃の遺産とは言え、布で包むくらいなのだから、価値あるものに違いない。
ふと、結晶を包む布の端に入った、刺繍の光沢が目に留まる。咲き乱れる小花でかたどられた、華やかな花文字刺繍。一針一針丁寧に刺された糸の美しさに目を奪われると共に、そこに描かれている『C』の文字の意味に気付く。
「……クラウディアだ」
呟き、思わず息をのむ。
「この布、お姉様のものだ」
声が震えたのが自分でもわかった。
アシェルは手元の布に入る刺繍に視線を落とし、「間違いないのか?」と低い声でたずねる。
「ええ。お姉様が使っていたハンカチだと思う。彼女の花文字刺繍は独特だったから」
姉は様々な布に、丁寧で美しい刺繍を施していた。
特にデイジー、ラベンダー、ガーベラにバラなど、色彩豊かな花々でアルファベットを表すタイプの花文字刺繍は、コンテストで入賞するほど、彼女の得意とする分野だった。
『私にとって刺繍は、趣味であり、ストレスを発散する手段なの』
姉の言葉を思い出すと同時に、子どもの頃。私が断りなく、彼女の刺繍道具に触れようとして、きつく叱られた記憶が蘇る。
滅多に怒りを見せない寛容な姉に叱られ、びっくりして大泣きして母に泣きついた。
(そっか……)
姉にとって、一人静かに刺繍をすることは、何より大切にしたい時間だったのだろう。
いまさらその事に気付いた。




