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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第一部:きっかけ
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姉が死んだ2

「殿下」


 父の上ずった声に、弾かれたように目をあける。


 真っ先に私の視界に飛び込んできたのは、黒いスーツに身を包んだ青年だ。


 見知った彼は、ここが死者が多く眠る場所であるということを忘れそうになるほど、早歩きでこちらに向かってきている。


 悲しみに暮れていた家族の顔に、一気に緊張が走る。


(え、お姉様は自殺したんだけど……いいの?)


 辛うじて声には出さないものの、驚いた私は露骨に目を丸くする。


 ルミナリウム王国において、自殺は殺人と同等に見なされ、忌むべきものだとされている。そのため、己を殺害した罪を背負うクラウディアは、通常教会で葬儀を行うことが許されていない。


 今回特例で彼女の葬儀が許されたのは、ひとえにフィデリス殿下のおかげらしい。


『たとえ自殺を選んだとしても、せめて死後の名誉を回復するために、儀式は行われるべきだ』


 婚約者の死を嘆く彼が、国王を始めとするお偉方の心情に訴え、なんとか今日という日が実現したと、父から聞かされている。


(ただし、参列するのは親近者のみで、棺の蓋もあけてはならないと、しっかり注釈もつけられていたけど)


 死因が自殺というだけで「こんなにも肩身の狭い思いをしなけれなならないなんて」と憤慨したあげく、父から「口を慎しみなさい」と叱られたのは記憶に新しい。


(だからこそ、信じられないんだけど)


 金髪碧眼の端正な顔立ちの王子殿下が、黒い礼服に身を包み、数名の騎士を引き連れながら、堂々とこちらに向かってくる。


(これは夢?)


 あり得ない状況に目をパチパチさせつつ、隣に立つ兄の黒いジャケットを引っ張った。


「ねぇ、お兄様。殿下が立ち会って下さるなんて信じられないと思わない?だってお姉様の葬儀に参加するって、禁忌とされる魔法に手を出すのと同じくらい、まずい状態だと思うし」


「ロッテ、声に出すな。不敬すぎるだろ」


 兄に小声で注意され、慌てて口を閉ざす。


 丁度そのタイミングで、芝生を踏みしめる音を立て、こちらに近づいてきていたフィデリス殿下が、父の前でピタリと停止した。


「突然の来訪をお許し下さい」


 彼は淡々と告げると、胸に手を当て、軽く一礼する。


「殿下、わざわざご足労いただき、申し訳ございません」


 父が恭しく礼をし、後追いするよう母と兄が、それぞれ貴族らしい礼をとる。


(げ、遅れた)


 慌てて黒いドレスの脇をつまみ、家族に倣う。


「頭をあげてください。礼には及びません」


 顔を上げると、殿下は軽く手を上げて制する仕草をしていた。


「クラウディア嬢は、私の……とても大切な人でしたから……」


 珍しく言葉を詰まらせかけた彼は俯き、視線を棺に向けた。


 それから取り直したように顔をあげる。


「この度は、お悔やみを申し上げます」


 今度ははっきりと、王子らしく堂々とした態度で弔いの言葉を口にした。


(なんとなく、やつれてるような)


 シワ一つない黒い礼服に身を包み、背筋をピンと伸ばしているものの、彼の顔には、誰の目にもわかるほど深い疲労と無力感が漂っているのが見て取れる。


「クラウディア嬢にお別れの挨拶をお許し願いたい」


 殿下の言葉に感極まったのか、少し目を潤ませた父が「是非、お願いします」と、その場で深くお辞儀をした。


「クラウディア、殿下がお見えになったよ」


 背中を丸め、父が掘った穴に収まる棺に優しく声をかける。


 殿下は、こんもりと盛られた土をもろともせず、棺に体を向けて片膝をつく。


「こんな別れ方になってしまって、すまない」


 とっくの昔に生命活動を終えた姉が納められた棺を見下ろしながら、フィデリス殿下は悲しげに目を伏せ、どこか寂しそうに微笑む。


「私は……君に謝らなくちゃいけないことがたくさんあるな。君の話をちゃんと聞いてあげられなかったこと……そして、傷つけたことを」


 許しを乞うような声色で姉に語りかけ、一旦口を閉じる彼。


「君は、私にとってかけがえのない存在だった」


 彼は真摯な眼差しを棺に向け、「君の婚約者だったことを誇りに思う」と続ける。


 それから「なぜ君は……」と声を殺し囁き、下ろした拳を強く握りしめた。


(なぜ君は……か)


 その言葉は、姉の死を知らされてからずっと、私の頭にこびりついて離れない疑問だ。


 両親のいいとこ取りをして生まれ、立派な婚約者がいる姉の未来には、明るい光が照らされていたはずだ。


 それなのに、どうして死を選んだのか。


 いったい何がそこまで姉を追い詰めたのか。


 姉が死に至る理由を知りたいと願うも、遺書も日記も残されていない上に、本人の口から語られることもないため、永遠に謎のまま。


「なぜ君は……か」


 答えを探るように、棺に向かって小声で投げかける。そんな私の呟きは、返事を期待するように姉を「ディア」と愛称で呼ぶフィデリス殿下にかき消される。


「私は君と歩んだ日々を、この先もずっと忘れない」


 彼は静かに告げた。


 たまらずといった様子で母が泣き崩れる。そんな彼女の肩を兄が慰めるように支える。


 黙ったまま、棺を見つめている父の肩は震えていた。


 私はこみ上げる感情を抑え込むため、空を見上げる。


(私を劣等感に追い込む、お姉様は死んだ)


 黒いベール越しに見える空は春だというのに、どんよりと鈍色に染まってみえた。

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