泥棒を追いかけて
掘り返したまま放置してきた姉が眠る棺桶を気にしつつ、私たちは泥棒カラスを追いかけた。
もちろん会話はゼロ。むしろアシェルに掴まれた腕から「逃がさないぞ」という気迫を感じて怖い。
空中を自由に飛び回る泥棒カラスは、青白く発光し、まるで私たちを誘導するかのように、ときおり旋回しながら上空を舞っていた。
お陰で最後まで泥棒カラスを見失うことはなかった。
問題は、辿り着いた先が思いもよらぬ場所だったこと。
「うわ、懐かしすぎる」
目を細めて見上げる私の視界に映るのは、ツリーハウスだった。
ルグウィン侯爵家の敷地内に広がる森にある小さな隠れ家は、すっかり荒れ果てていた。
ひときわ大きくて頑丈なホワイトオークをホストツリーとして建築されたツリーハウスは、まるで木に飲み込まれるように、ひっそりと佇んでいる。
密に茂る葉によって半ば隠されているせいで、知らなければ見逃してしまいそうなほど目立たない。
かつての遊び場が、本当の隠れ家に変わってしまったようだ。
「カァー、カァー」
あっさりアシェルに捕獲された泥棒カラスが、彼の腕に抱かれて鳴いている。
「なんていってるのかな?」
「僕にわかるわけないだろ。とにかくコイツからエテルナキューブを取り出す方法を考えないと。いっそ炙ってみるべきか、それとも水責めにして……」
物騒な言葉をぶつぶつと吐き出すアシェル。
(ひとまず泥棒カラスは彼に任せるとして)
久々に訪れたツリーハウスを見上げる。
小さな頃は、兄と姉と三人で秘密基地扱いする、特別感たっぷりな場所だった。気候が良い時期は、三人並んで寝袋に入り、ツリーハウスで一夜を過ごすこともあった。
「そう言えば、お姉様は星座にまつわる神話が好きだったな……」
木の根元からツリーハウスを見上げながら呟く。
(お姉様のお気に入りは正義の女神アストレアで、彼女が登場するてんびん座のお話を繰り返し聞かせてくれたような)
『アストレアは、仲間の神が見限った人間に対し、一人地上に残って相談相手となり、人間たちを励まし続けていたんですって。私もアストレアのように優しい人になりたいわ』
風で葉がざわめく音、フクロウの鳴き声と共に、姉の優しい声が聞こえた気がした。
「優しすぎたから、さすがのお姉様も『もう私の手に負えない』って、地上に見切りをつけて、天へ帰ってしまったのかも」
ツリーハウスで過ごした平和な日々の懐かしい思い出が蘇り、つい感傷的な気分になってしまう。
「でもなんでカラスがここを知ってるんだろう」
気分を切り替えようと発した自分の呟きが、やけに大きく響く。
「アシェル、本当にここに何かあると思う?」
振り返りながら尋ねる。
彼は眉をひそめ、顔の高さまで持ち上げた泥棒カラスとにらめっこしていた。泥棒カラスはくちばしを閉じ、嫌そうに身をよじっている。
「可能性はある。クラウディア様の記憶が封じ込められてるはずのエテルナキューブを飲み込んだカラスが、僕たちをこの場所に連れてきたんだからな」
低く冷静な声で返され、私は再度ツリーハウスを見上げる。
ハシゴはすでに朽ちかけていて、一部の段は完全に外れていた。木の幹に打ち付けられた釘がむき出しになり、その周囲を新たに芽を出した枝が覆おうとした跡が見える。
小屋の壁もだいぶ傷みが進み、古びた板の隙間から中の闇が覗いていた。壁を覆う苔やツタが、ツリーハウスと木を、まさに一体化させている。
自然の力が、かつての人工物をまるごと飲み込もうとしているようだ。
幼い頃、兄や姉と一緒に上ってはしゃいだ記憶が、霧のようにぼんやりと蘇ってくるけれど、その懐かしい思い出は、今のツリーハウスにはそぐわなかった。
「行くぞ」
アシェルの声に振り返ると、彼はすでにロープの端を掴み、上る準備をしていた。
「え、泥棒カラスは?」
私の疑問に答えるように、彼が視線で示す先には、飛べないように枝に縛り付けられている泥棒カラスの無惨な姿があった。
「うわ、血も涙もない」
思わず顔をしかめる。
「流石に可哀想な気がするけど」
ここぞとばかり、動物愛護精神を発揮する。
「そもそも君のせいだということを忘れるな」
「それはそうだけど」
「こいつは、エテルナキューブを飲み込んだカラスだ。何するかわからないから、放置できない。それとも誰かに危害を加える方がいいとでも?」
「わかった」
アシェルの厳しい言葉に、渋々了承する。
「じゃ、探検するか」
「イエッサー」
探検と言う言葉に反応し、ふざけて敬礼を返すとアシェルに睨まれた。
(冗談も通じないとは。そんなんだから、アンデットとか言われるんじゃないの?)
喉まで出かけた言葉は、無駄な言い合いを避けるために飲み込んでおく。
「ロープは平気そうだ。先に登るぞ」
グイグイとハシゴのついたロープを引っ張りながらアシェルが告げる。
「どうぞ、どうぞ」
思っていたより体育会系な部分を持つ彼を意外に感じながら、後を追うようにハシゴに足をかけたのだった。