墓を掘り起こす2
スコップを地面に突き刺し、土を掘り返す。
ザクッザクッと、無言のまま作業を続ける。
隣でアシェルも手際よく土を掘り起こしている。
気を抜くと、罪悪感に押しつぶされそうになり手が震えてしまうので、ザクッザクッと土を掘る行為にひたすら集中する。
耳に飛び込んでくるのは、土を掘る音と、どこかで鳴くカラスの声だけ。その不気味な静寂に、心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
やがて、姉の棺が現れた。まだ新しい木の棺は湿気を吸ってなお、しっかりとしている。
震える手で棺の蓋をずらす。
そこには、最後に別れを告げた時と同じように、微笑みを浮かべる姉がいた。彼女はまだ寒い春の夜でも薄着で、真っ白なドレスを着せられている。
遺体の状態を綺麗に保つ魔法を施してあるせいか、まるで生きているようだ。
(ごめんなさい……お姉様)
たまらず謝罪し、アシェルを見つめる。
「やるぞ」
最後の確認をするようにアシェルが問いかけてきたので、黙って頷く。
アシェルが杖を取り出し、宙に難解な魔法陣を描く。まるで絵画のように美しく描かれる幾何学模様を眺めていると、空気が一気に変わったのを感じた。
冷たい風が吹き抜け、私の背中に鳥肌が立つ。
「……クラウディア・ルグウィン、眠りの中より記憶の断片を我らに示せ――」
アシェルの低い声が墓地に響く。
魔導ランタンを掲げ、姉を見つめる。
その瞬間、完成した魔法陣が紋章となり、青白い光を放ち始めた。光は棺の中へと吸い込まれるように消えていき、螺旋を描きながら戻ってきた。
「来たぞ。エテルナキューブを」
手応えを感じたらしいアシェルが、記憶を保存する魔道具を渡せと命じる。
慌ててポケットから、立方体のガラスの小箱のようなものを取り出す。
「準備完了」
泥のついた手の平に乗せた、立方体を見つめる。虹色に光るキューブは、アシェルが握る杖の先に渦巻く青白い光に共鳴するように、小刻みに動き出す。
(うまくいきそう)
胸を高鳴らせ、エテルナキューブを眺める。
するとアシェルの杖の先に渦巻く、姉の記憶の断片がエテルナキューブに吸い込まれていく。
「すごい」
神秘的とも言える光景に見とれていると、突如どこかで、「ワオーン」と犬の鳴き声が響いた。
「なっ!」
突然のことに、心臓が凍りつくような恐怖を感じ、反射的にアシェルの腕にしがみつく。
「うわ、何だよ!?」
私の行動に驚いた彼が、非難の声を上げる。
「ご、ごめん」
慌てて彼の腕を離す。
「墓守の犬だろ。でもまぁうまくいったな」
彼の握る杖の先から、すでに渦巻く青い光はなくなっていた。
「うん、ありがとう」
「感謝はあとだ。とりあえず墓守に気付かれる前に、ここを元通り埋めておかないと」
「だね」
「それと、エテルナキューブを無くすなよ」
「まさか。子どもじゃあるまいし」
ほらここにと、手を広げる。
「え」
そこにあるはずのエテルナキューブが見当たらない。
「……落とすとか、ありえないだろ」
呆れたような声。
「待って、今探すから」
落としたエテルナキューブを照らすため、足元に置いた魔導ランタンを手にした時。
「カァーカァー」
一羽のカラスが姉の墓石の上にとまった。
(え、ちょっと不気味なんですけど)
なんて思ったせいだろうか。
突如カラスは狙いを定めたように、私の足元付近に羽ばたいてきた。
「うわっ」
驚いて一歩下がると、カラスは土の上から青白く光るエテルナキューブを、くちばしで器用に拾い上げる。
「あっ、それはだめ!」
私が手を伸ばすも、時すでに遅し。
カラスは、エテルナキューブを食べてしまった。
「嘘だろ……」
アシェルが呆然と呟く。
泥棒カラスの漆黒の羽が青白く光り、その目がギラリと異様な光を放つ。
「なんで、どうしてこんな」
私は言葉を失い、震える手でランタンを握りしめた。
泥棒カラスは私たちを見上げ、首をかしげる。
その仕草は人間顔負けのあざとさで、逆に不気味さが骨の髄まで染み込んできた。
「アシェル。なんとかして」
「黙れ」
彼は短くそう言い放ち、杖を泥棒カラスに向けた。しかし、カラスは彼の動きを読んだかのように、闇に染まる空へと素早く羽ばたく。
耳に残る羽ばたき音は、まるでこちらを嘲笑うかのよう。
「くそっ……!」
アシェルが忌々しげに呟く。
私はただ立ち尽くし、その場に力が抜けたように座り込む。
夜風が吹き抜け、ランタンの炎が虚しく揺れる。
再び静寂に包まれる中、私の胸の中には新たな恐怖が根を張り始めていた。
(泥棒カラスに、姉の記憶が奪われた?え、一体、これからどうなるの?)
「シャルロッテ!」
アシェルが乱暴な感じで私の名前を叫び、強く肩を掴んできた。
突然のことに驚いて顔を上げると、怒りに満ちた彼の視線が私を射抜く。
「呆けてる場合じゃない。追うぞ!」
力強く腕を引っ張られ、立ち上がる。
「追うって、まさか」
「あのカラスに決まってるだろ。とにかく捕まえないと」
アシェルは慌てた様子で棺の蓋を閉じ、スコップを拾い上げる。
それから、反対の手で私の腕をしっかりと掴むと、暗闇の中を走り出したのであった。