墓を掘り起こす1
図書館で捏造写真をネタに、アシェル・コンラッドを脅した日から三日後。
真夜中になって彼と合流して寮を抜け出した私は、ルグウィン領に里帰りしていた。
有料ではあるものの、魔導ポータルが各地に整備された現在、馬車や蒸気機関車を利用していた時代とは違い、一瞬で王国内を移動できる。
個人的には、「時間を買う」という意味で、高い料金を払う価値あるものだと思っている。
ルグウィン領の中でも一番栄えた市街地を、アシェルと並んで歩きながら、背に垂れた黒いフードをたくし上げ、目深にかぶる。
「ちゃんとフードを被って」
夜風を受けてなびく、彼の闇に溶け込みそうな髪を見つめながら短く指摘する。
「黒光りしてるから」
「…………」
彼は不服そうな顔で私を睨むと、渋々といった感じでローブのフードを被ってくれた。
(もう少し危機感もとうよ)
のんきに隣を歩く彼は、我が家の宿敵コンラッド侯爵家の人間だ。
一緒に歩いている所を誰かに目撃されたら最後、父に報告され、根掘り葉掘り聞かれることは間違いない。
(最悪スペルタッチを没収されかねないし)
それだけは避けたいところだ。
父に後ろめたい気持ちを抱きながらも、アシェルを同伴して領地を訪れているのには、きちんとした理由がある。
姉が自殺した原因を探るため、ネクロメモリアをする必要があると彼に説明したところ、「だったら、遺体が新しいうちにした方がいい」と、彼が急かしたからだ。
『つまり善は急げってこと?』
『時間と共に、記憶を保管している魂も薄れていくからだ。そもそも僕たちがしようとしてることは、善じゃないだろ』
『確かに、墓荒らしなんて盗賊の専売特許だよね』
『今の時代、盗賊もそんなアナログな方法はとらない』
領地に足を運ぶことになった経緯を思い出しつつ、姉が永遠の眠りにつく墓地へと急ぐ。
目的地となる墓地は、街中にある大教会。我が家の祖先が代々眠る場所だ。
大教会まではルグウィン中央駅の魔導ポータルから、徒歩二十分といったところ。
舗装された道路脇には、歩行者が夜道を安全に歩けるギリギリの間隔で魔石灯が並んでいる。
王都の、どこを歩いていても常に照らされているような状況に慣れてしまうと、子どもの頃、大都市だと信じて疑わなかったルグウィン領が、実は地味な田舎町であるということを認めざるを得ない。
(でも、空気は段違いに美味しいわ)
鼻から思い切り新鮮な空気を何度か吸い込む。
街のシンボルでもある教会の時計塔で時刻を確認すると、現在午前零時半を少し回ったところだった。
夜の田舎町特有の、不気味な静けさに包まれている。
この時間好んで外出しているのは、泥棒か、厄介事を呼び寄せるのが好きでたまらない人間くらいだろう。
(実際、私も無断外出してるし、墓荒らしをするつもりだし)
隣を歩くアシェルにチラリと視線を向けると、彼が口を開く。
「ここが君の故郷か」
「うん」
「……のどかだな」
フードを深く被ったアシェルは、物珍しそうに、あたりをキョロキョロと見回している。
同盟を組んだからか。それとも、変な魔法をかけられているせいなのか。彼は思っていたより、普通に会話が成立する人だった。
生憎ビジネスパートナーのため、どうして人を避けるのか。
匿名で取り寄せた骨格見本は、一体何に使うつもりなのか。
そういった踏み込んだ質問はしていない。
「人があんまり歩いてないんだな」
「まさに、そこがいいんじゃない」
ルグウィン領は、比較的運賃が良心的である魔導列車を利用しても、王都から二時間ほどで到着するのどかな町だ。しかしながら、王都から直通列車で一本という利便性の良さから、長期休みなどは、都会に疲れた人々が避暑地代わりに多く訪れる場所でもある。
人で賑い、街が活気付くオンシーズンを過ぎれば、地元民が静かに、しかし誠実に暮らす、とても治安の良い地域。
それが我が故郷、ルグウィン領だ。
「そう言えばコンラッド侯爵領って北?南?西?東?どこにあるの?」
「君はそんなことも知らないのか?貴族年鑑及び、ルミナリウム王国史くらい頭に叩き込んでおいた方がいい」
アシェルは呆れ顔でため息をつく。
「ま、そのうちね」
彼の無礼な物言いを、サラリと受け流す。
「で、結局のところ、あなたの故郷はどんな感じなの?」
「僕は王都生まれだ」
「そっか、都会育ちなんだ」
「コンラッド侯爵家は代々、王の側近として仕えてきた。だから領地は持たない。僕の家族は、王都に屋敷を構えて生活している」
「なるほど。まぁ、領地経営って大変みたいだし、その方が楽かもね」
帳簿をチェックしたわけではないけれど、災害などが起こった際は、タウンホールに対策本部なるものを設置し、領民のために不眠不休で働く父を見てきた。そのせいか、領地経営は大変そうだというイメージがある。
「僕は、田舎がある方がいいと思う」
なんで?とたずねようとした所で、ちょうど教会の裏手にある墓地に到着した。
通りに面した教会の敷地内を歩いている時は感じなかったけれど、墓地に足を踏み入れた途端、静けさをことさら強く感じるようになる。
肌を刺すような冷たい夜の空気は、まるで死者たちの吐息が漂っているかのようだ。
私は、手に握った魔導ランタンの明かりを頼りに、アシェルの後ろを慎重に進んでいく。
墓地に到着してから急に無口になった彼は、魔導ランタン片手に淡々と先を進む。
月明かりすらほとんど届かない墓地の中、足音一つがやけに大きく響く。
「急げ。無駄にここに長くいると面倒なことになる」
アシェルの冷たい声に、私は緊張したまま小さく頷く。
誰かに見つかれば一巻の終わり。
(それに、夜中に死者が眠る場所で長居するなんて正気の沙汰じゃないし)
自分で提案しておいて言うのもなんだが、死者を眠りから呼び覚ますなんて、何度考えても背筋が凍ることだ。
「ここ……みたいだな」
アシェルが足を止めた場所には、ひときわ新しい墓石が立っている。
突然訪れた姉の死に墓標が間に合わず、しばらく簡易的な木で作られた墓標が立てられているだけだったことを思い出す。
真新しい墓標には、姉の名前と生没年が刻まれ、その下に家族で決めた軒並みな言葉。
「永遠の眠りにつくまで、あなたの笑顔を忘れません」という文字が彫られている。
父や母が訪れたばかりなのかも知れない。墓石の前には真新しい花束がいくつか手向けられていた。
石に彫られた名前の文字が、私たちが手にした魔導ランタンに照らされ、妙に浮き上がって見える。
「クラウディア・ルグウィン」
アシェルが墓標に刻まれた名前を確認している横で、静かにしゃがみ込む。
(お姉様、悪いけど私の無実を証明するために、あなたの秘密を暴かせてもらいます)
胸の前で手を組み、祈る気持ちでクラウディアの眠る墓に語りかけた。すると、まるでタイミングを見計らったかのように、ひゅうっと冷たい風が吹く。
ぶるりと震えながら目を開け、アシェルを確認する。
意外なことに隣にいる彼は、私と同じように芝生の上に膝をつき、姉の墓標に祈りを捧げていた。
彼が目を開け、姉の墓石を見つめる。
「……いまさらだし、僕が言える立場でもないだろうけど、クラウディア様のことは……その、残念に思う」
ボソリと呟くアシェル。
「ありがとう。別にあなたのせいじゃないし、気にしないで。それよりも早く始めよう」
当たり障りのない言葉をかけておく。
内心、彼の姉であるエリザ様の事がよぎり複雑な心境ではある。今はこうして同盟を組んでいるけれど、彼と私は、実家同士が宿敵の関係だ。姉が亡くなっていなければ、こうして手を組む事なんてなかっただろう。
(お姉様の死が巡り合わせた人が、あろうことか敵対する家の一員で、お姉様からフィデリス殿下を奪おうとしているエリザ様の弟だなんて、なんだか皮肉なことね)
魔導ランタンを地面に置き、ゆっくりと立ち上がる。
それから、背負っていたスコップを手にした。
「本当にやるのか?」
アシェルは、私が取り出したスコップに視線を向けて、躊躇している様子だ。
「うん。そうしないとネクロメモリアができないんでしょ?」
私の問いに、彼は視線をそらし頷く。
正直、これは本当に正しいことなのだろうかと何度も心の中で問いかけ続けている。
(あいにく、答えは出せそうもないけど)
わかるのは、たとえ正しくなくても、姉の死の真実に迫るためには、この方法しかないということだけ。
(だからやるしかない)
自分に言い聞かせ、心を奮い立たせる。