月光舞踏会3
アシェルを連れた私は人目を避けるために彷徨い歩いた末、時計塔の屋上で落ち着いた。
半円にくり抜かれた石壁部分から下を見下ろすと、この学校を設立した、初代学長ケンフォード卿の彫像が飾られた広場が見えた。
「パトリックの件、聞いたか?」
アシェルがおもむろに、絶賛炎上中の話題を持ち出す。
「例のネットの暴露でしょ?とある商家の女性が声を上げたってやつ」
私は頷きながら答える。
舞踏会の華やかさとは裏腹に、彼の話題は私たちに暗い影を落とす。
なぜなら、王城の中庭で暴行されていた、エリザ様を思い出してしまうからだ。
「あの告発の後、次々と彼の悪行が暴かれてる。被害を受けた女性たちが次々と声を上げたんだ。それも、かなり具体的に」
「そうね。とても勇気ある行動だと思う」
魔導ネットワーク上で、一人の女性がパトリックに同意なしに、性被害にあったと告発した。
その女性は証拠となる、コミニュケーションアプリ内での会話のやり取りや、通話の録音を添えて、フレアスクロール上で世間に公表した。すると瞬く間にその投稿が拡散され、次から次へと「私も被害にあった」と訴える女性が続出した。
その結果、パトリック及びモンタギュー伯爵家が大炎上中というわけだ。
「エリザ様の名前は今のところ出てないけど……もう彼は再起不能でしょ?」
「再起不能だろうな。仮に奴が姉の名前を出たとしても、もう誰も信じないさ。他の悪行が多すぎるからな。それに……誰も彼を擁護する気になんてなれないだろう」
アシェルの声には冷たさが混じっていたけれど、それが正当だということは私にも分かっていた。
彼の視線がふと私に向けられる。
「それで、どう思う?」
「どうって、何が?」
「この結果についてだよ。君がその目で見てきた世界と比べて、どう思う?」
アシェルの問いかけは、まるで私自身の中にある心の正義を試すようだった。
慎重に答えなければと、少し間を取る。
「……悪いことをした人が裁かれるのは当然だと思う。でも、結局、この結果がエリザ様を救うことになったかどうかは分からない。それだけじゃない気がする」
「それだけじゃない?」
「うん。だって、こうやってパトリックを追い詰めた人たちも、結局は正義の仮面をかぶっただけで、自分の満足感のためにやっているように見えるから。正しさって、時に残酷になり得るんだって……少し思うの」
アシェルは黙ったまま私の言葉を聞いていた。彼の沈黙は、まるで私の言葉の正当性を図っているように感じた。
「でもね、これがエリザ様にとって少しでも救いになるなら、それはそれで良いのかもしれないって、今は思う」
「……君らしい答えだな」
彼はふっと小さく笑った。その笑顔がどこか遠いものに感じられて、私はつい彼をじっと見つめてしまった。
「ねえ、何か隠してない?」
「どうかな。俺に隠し事なんてできると思うか?」
「できる。だって、百メートルの呪いの件で私はまんまと騙されていたわけだし」
「ふむ」
彼は言葉を濁すだけ。いつも通り澄ました顔の裏に何かを隠しているのは明らかだ。
私はそれ以上彼を問い詰めず、ただ舞踏会の喧騒に耳を傾けた。風に乗って聞こえる他の生徒たちの笑い声が、まるで私たちだけが異質な場所にいることを際立たせているように感じた。