月光舞踏会1
「ぎゃー、もう無理!!」
シルバーのドレスに身を包むクロエが、一歩進むたびに悲鳴をあげる。
「あのね、それでもコルセットは緩めにしたのよ?」
「言わせてもらうけど、私は庶民なの。庶民基準だと、これはそう……拷問よ」
クロエが真面目な顔で言い放つ。
「貴族であることの大変さを知って頂けたようで、何より」
「そんなの知りたくなかったわ」
ムッと頬を膨らませるクロエに笑いながら、私たちはルシュと待ち合わせをした場所へ向かうため、人混みを掻き分けて進む。
*
本日は、月光舞踏会。名前だけ聞くと厳かな印象を受けるけれど、その実態はきらびやかな夜の舞踏会。ちなみに夜の会に参加できるのは、上級の二学年のみ。つまり、私たち四年生は今年初参加となる。
学校中が会場となり、満月の光に加えて魔法で作られた星々や柔らかな月明かりが雰囲気を彩っている。ドレスコードのおかげで、みんなそれなりに精一杯おしゃれをしていて、会場は華やかそのものだった。
「お、きたきた」
青みがかった黒髪を後ろに撫でつけ、いつもより色っぽい雰囲気を漂わせたルシュが私たちの元へやってくる。
「遅くなってごめん。でも八割クロエのせいだから」
「?」
ルシュがクロエを見つめる。
「私は庶民なの。こういうドレスは苦手なのよ」
「なるほど」
多分全然理解していないであろうルシェが頷く。
「でも、クロエのそのシルバーのドレス、似合ってると思うけどな」
「可愛いよね。しかも細かい刺繍が、さすが流行に敏感なフレーベル商会のご令嬢って感じだし」
ご機嫌ななめなクロエを、ルシュと一緒に素直に褒めておく。
「なんか二人の言葉は軽いのよ」
眼鏡をクイッとあげるクロエ。
「でも本当に、素敵なドレスだと思うし、素敵なドレスを褒めるのに、素敵以外のぴったりくる言葉ってなくない?」
素敵をこれでもかと連呼すると、クロエが吹き出した。
「ロッテのその喪服のドレスも素敵よ。いかにもアーク寮生って感じでゴシック感がいい感じ」
「そう?」
私は自分の黒いドレスを見下ろす。女性らしさの象徴とされるボリュームのあるシルクのスカートが広がっている。色は地味なことこの上ないけれど、よくよく見れば非常に華やかで洗練されたものだとわかるはずだ。
(まぁ、私に向けられる視線の多くは、何か失敗をしないか期待してるものばかりだけど)
人間は成長するもの。だから今日は何も起きないはずだ。
「その髪の毛はどうしたんだ?」
ルシェがゆるく編み込んで、髪に光る粉を振りかけたクロエの茶色い髪に視線をとめる。
「シャルロッテがやってくれたのよ。お姫様みたいでしょ」
「キラキラしてるな」
「ラメよ、ラメ。お姉様の遺品整理の時に見つけたの。可愛くない?」
二人が同時にギョッとした顔をした。
(なんかまずかった?)
首を傾げると、クロエがルシェに向き直る。
「ルシュのスーツ姿はまぁ、八十五点ね」
「は?折角褒めてやったのに」
「似合ってるなんて、語彙力低すぎて、褒めるうちに入らないから」
「まばゆく光り輝いている君以外目に入らない。今日の会に参加した意味を私は、たった今見つけたようだ」
ルシェが甘い言葉でクロエを絶賛する。
「え」
クロエが真っ赤になる。
「ほら、俺だって本気出せば」
「ルシュの馬鹿!」
クロエの平手打ちが、ルシュの腕に直撃する。
「ねぇ、お腹すいた。立食コーナーに行こうよ。早い者勝ちだよ」
「それな」
「確かに。月光舞踏会だもの。踊らないけど、食べないと」
クロエの言葉に大笑いしながら、私たちは揃って立食コーナーに直行した。