誰が姉を殺したの?2
「誰がお姉様を殺したんだろう」
その言葉はブーメランとなって自分に突き刺さって止まる。
姉を無視してさんざん傷つけた私は、間違いなく姉を殺した犯人だ。
(でも、ネットで悪口を言った人も、動画を投稿したフィデリス殿下も、ジャスティスリーグの存在を教えたアシェルやエリザ様も、それから愛することを教えてしまったイアン様も、それに嘘をついたハンソンさんも、完璧であることを押し付けた家族も、この国の人も、みんな同じくらいお姉様を傷つけたわ)
私たちは気付かないうちに、自分の選択や存在が、大小なりとも関わったすべての人に影響を与えている。それはまるで水面に投げ込まれた石が周囲に広げる波紋となるように。
マグカップの中で揺れるコーヒーの波紋を見つめて、そのことを強く感じた。
「クラウディア様を殺したのは」
アシェルは静かにマグカップを置き、私の方を向いた。その紫の瞳には、諦めのような色が浮かんでいる。
「きっと、この世界だろうな」
「世界」
すとんと、彼の言葉が腑に落ちる。
「不親切で、理不尽で、無関心で溢れている。そんな残酷な世界が彼女を殺した」
私は黙ってコーヒーを見つめる。黒い液体に映る自分の歪んだ顔が、揺れている。
「でも、私と同じように、お姉様を追い詰めた人たちだって、きっと同じように、この最悪な世界に傷つけられたことのある人たちなのよね」
「そうだな」
アシェルは窓際に視線を移す。朝日が徐々に強くなり、部屋の中に長い影を落としていく。
「でも、それは言い訳にはならないわ」
私の言葉に、アシェルは小さく頷いた。
「人を傷つけていい理由なんて、どこにもないもの。自分が傷ついているからって、誰かを傷つけていい理由にはならない」
コーヒーを啜る。まだ苦い。
「そうだな」
「お姉様は、そのことを一番よく分かっていたはずなのに」
私は深くため息をつく。
「でも、分かっていることと、実際に耐えられることって、違うのかもしれない」
アシェルは黙ったまま、私の言葉に耳を傾けている。
「きっとお姉様は、自分の弱さに気づいた時、それを受け入れられなかったんだと思う。いつも強くて、正しくて、完璧だと思われていた自分が、実は他の人と同じように傷つきやすくて、そして誰かを簡単に傷つけてしまう存在だってことに」
窓の外で鳥が飛び立つ音がした。私たちはどちらともなく、窓の外を見つめる。
窓から見える木々の葉が、朝日を受けて一枚一枚輝きを増していく。時折、その木々の間を小鳥たちが飛び交い、朝の静けさを心地よく破る。
「お姉様は、自分の弱さを認められなかった。だから、逃げるしかなかった」
「君は違うのか?」
突然のアシェルの問いに、私は少し考え込む。
「私は……自分が弱いことを知ってるわ。だから、強がらなくていいの。でも」
コーヒーカップを両手で包み込むように持ち、その温もりを感じる。
「逃げたくなった時は、誰かに助けを求めようと思う。アシェルみたいな面倒くさい人に」
「さっきの言葉、そのまま返してきたな」
彼の言葉に、私は小さく笑う。
「私たちにできることは、無関心に慣れないことなのかも」
朝日が完全に部屋を照らし、私たちの影が床に長く伸びている。
「お姉様の記憶を辿る旅は終わりで」
カップの中の黒い液体が、小さく揺れる。
「思えば、色々見せられちゃった」
私は続ける。
「この世界の、醜い部分とか、悲しい部分。それに切ない部分も」
アシェルは黙ったまま、私を見つめている。その紫の瞳に、朝の光が映る。光に透かされた彼の瞳は、さらに美しく輝く。
「でも、きれいな部分も見つけられた」
私はカップを置く。
「人が人を想う気持ちとか、誰かのために頑張れることとか。あなたの瞳の色とか」
「そうか」
彼は少し笑って、小さく頷いた。
彼の机に置いてある頭蓋骨の影が、壁に伸びて小さく揺れている。
「アシェル」
「なに」
「今度はコーヒーに砂糖を入れて」
彼は少し驚いたような顔をして、それから柔らかく微笑んだ。
「ああ」
私たちは、まだ冷めきっていないコーヒーを一緒に飲み干した。
苦いけど、温かかった。