求む、協力者2
「それで? 君は何を企んでいるんだ?」
アシェルは諦めたように、本に視線を落としながら問いかけてきた。
「簡単よ。とあるプロジェクトを手伝ってほしいだけだから」
「君は悪意ある捏造写真まで作成し、僕を脅している。そこまでしておいて、簡単なプロジェクトなわけがないだろう」
図星をつかれ、「まあね」と肩をすくめる。
「ただ、このプロジェクトは失敗できないから、どうしてもあなたの力が必要なの。それにうまくいけば、あなたの自由研究……ドール作成に協力してあげてもいいわよ?」
「ドール作成?」
アシェルはピクリと眉を上げた。
「ええ。あなたはその……そっち系のドールを作ってるって噂を聞いたから」
「そっち系?」
興味をひいたのか、彼は再度私を見つめてきた。
「だからその、夜のお供というか、生理現象からくる事情の発散に関する実験用の……いわゆるそういうやつよ」
口にしながら、恥ずかしくて視線をそらす。
「夜のお供?生理現象からくる事情……まさか、嘘だろ」
アシェルが、澄んだ紫の瞳で冷たくも鋭く私を射抜いてくる。
ただ、明らかに顔が赤いため、迫力は半減だ。
「その情報の出どころを教えてもらおうか?」
低い声で問われ、ぎくりと身を竦めた。
「そ、それは、ちょっと言えない。でも、ギブアンドテイクの精神で、私に協力してくれたら、あなたの好みの死体を探す手伝いくらいはするつもり。その点だけは、裏切らないって約束するから安心して」
少しは好感度を上げておかねばと、笑顔を見せておく。
「安心などできるものか。そもそも僕はそういった用途にドールを使う趣味はない。とにかく」
わかりやすく焦った様子のアシェルは、コホンと小さく咳払いをして。
「誤解しているようだから言っておくが、僕はそんな用途のドールを作ろうと思ったことはないし、これからもそのつもりはない」
私にとっては些細なことだったけれど、彼にとっては大事なことのようなので、神妙な顔で大きく頷いておく。
「だから、死体などいらない」
きっぱり断言する彼に、「そうよね。よかったわ」と心から安堵して見せる。
姉の秘密を探るためならば、誰かの墓を暴くことも致し方ないと覚悟を決めたつもりだったけれど、しないで済むならそれに越したことはない。
「君が僕に何を協力させたいのか、さっさと教えてくれ」
アシェルは眉間にシワを寄せながら、私を見つめた。
覚悟を決め、私は小さく息を吸い込む。
「ネクロメモリアをしようと思うの。だからあなたの力が必要ってこと」
彼はこちらを見つめたまま、しばらく沈黙した。
何となく本気度を探られている気がして、彼から視線を逸らせない。
(この瞬間を逃せば、もう彼を動かす手段はないわ)
視線を逸らしたい気持ちを堪える。
「実に興味深いな、シャルロッテ・ルグウィン。つまり君は、姉の死体を掘り起こそうとしているわけか」
フンと鼻で笑い、彼は続ける。
「なるほど。どうやら君には、社交界に流れる噂通り、良心というものが欠如しているようだな」
挑発するような口調に、歯を食いしばった。
「どうでもいいわ、そんなこと。問題はあなたが私を手伝うかどうかよ」
彼は微かに口元を歪めた。それが笑いなのか嘲りなのか、判断がつかない。
平静を装いつつ、心で「お願い、引き受けて」と何度も念じる。
人の少ない図書館内に響くのは、どこかで紙をめくる音と、外で運動に励む生徒の声のみ。
「わかった。手伝おう」
予想外の返答に、目をぱちくりさせてしまう。
「え、本当に?」
「だが、これだけは言っておく。僕が手を貸すのは君が脅しているからであって、君のためではない。勘違いするな」
彼は吐き捨てるように言い、写真を掴むとローブのポケットに押し込んだ。
(勝った――いや、借りを作っただけ?)
でも、今はそれでいい。
ミッション成功と、ホッと体の力を抜いた瞬間。
「手伝うにあたり、条件がある」
彼の口元に薄く笑みが浮かぶ。それはどこか危険な香りを纏った笑みだった。
「条件って……何?」
慎重に尋ねる私に、彼は淡々と言い放つ。
「君が僕を裏切らないという証明が欲しい」
その言葉が何を意味するのか、理解するより先に、彼の手がゆっくりと宙に向けられた。
淡い光がその指先からほとばしり、次第に難解な魔法陣が空中に形成されていく。
「え、ちょっと待って。何を――」
抗議の声を上げたが、遅かった。
彼の指先から生み出された魔法陣が一つの紋章となり、発動を示す光を放つ。その光が、まるで蛇のようにうねりながら私の手首に絡みついた。
冷たくも温かい、不思議な感触が肌に触れ、すぐに消えた。
「なによこれ」
唖然としながらも、手首を確認する。しかし、特に目立った紋章も傷もない。
「これで君と僕の間には契約が成立した。君が僕を裏切れば、その瞬間、君の行動は僕に筒抜けになる。そして、僕が望むなら君の身体の自由を奪うことすら可能だ」
その言葉に、私は息を呑む。
「……嘘でしょ?」
「嘘だと思うなら試してみればいい」
冷たく告げる彼の瞳には、一切の揺らぎがない。
「これで、お互いフェアな立場というわけだ。さて、君の企てについて詳しく聞こうか」
パタリと本を閉じて、わざとらしく足を組み直し、こちらを見つめるアシェル。
勝ち誇ったように、ふてぶてしい態度と表情に、唇を噛みしめた。
(まさか脅しをかけたはずが、逆に追い詰められるとは……)
しかも、先程彼が私にかけた魔法の種類が私にはさっぱり理解できない。
そのことが意味するのは、魔法では彼に到底叶わないということ。そして彼の魔法使いとしての才能は、私が思うより遥かに優れているということだ。
(つまり、敵にしたら厄介だけど、味方にすれば最強ってわけね)
だとしたら、味方でいてもらわなくては困る。
「……いいわ。聞いて」
気を取り直し、空席になった彼の隣の席に置かれた椅子を引く。
それから彼に助けを求めた理由、そして協力が必要なプロジェクトの全容を話しはじめたのであった。