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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第四部 誰が姉を殺したの?
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カラスとのお別れ

 とうとうアシェルが学校に復活した。それはもうひっそりと。


「気付いたら、あなたがいたんだけど。どうして教えてくれないわけ?」


 鳥かごを抱えた私は、彼の部屋のドアが開け放たれた途端、文句を言った。


「私たち、婚約――うわっ」


 言葉を最後まで言い切る前に、アシェルが私の腕を掴み、そのまま部屋の中に引き込んだ。


「ちょっと、何よ急に!」


 文句を言いつつも、鳥かごをしっかり抱え直して視線を巡らせる。


 久しぶりに訪れたアシェルの部屋は、思いのほか片付いていた。以前来たときに所狭しと飾られていた、怪しい瓶やら本の山が見当たらない。


「……あれ、ちょっと減った?」


「いろいろ整理したんだ。もうあんまり必要ないものも多かったから」


 アシェルは言葉を選ぶように呟く。その曖昧な響きに、なんとなく引っかかるものを感じたけれど、今は追及しないでおく。


「ねぇ、もうカラスが限界っぽいの」


「限界?」


 アシェルは椅子に座る。


「窓際に鳥かごを置いておいたら、見知らぬカラスとイチャイチャしてたの。しかも雄っぽいカラスは、私のカラスのためなのか、イナゴの死骸を毎日私の部屋の窓枠に置いていくの」


 見たままを告げる。


「正直もう限界なんだけど。それに、多分この子の彼氏なんだと思う。彼の姿が見えた時の鳴き声が、なんか切なくて。早く自由にしてあげたいんだけど」


「逃せばいいだろ」


 アシェルはためらうことなく告げた。


「え、大丈夫なの?」


「何が?」


「だってエテルナキューブを飲み込んだわけだし、突如また喋り出すかもだし、それにまだ体調が悪いかも知れないし……」


 逃がさない理由をモゴモゴ述べる。


「エテルナキューブは吐き出したし、もう喋らない。具合が悪いのは、いつまでもそんな狭い鳥かごで飼ってるからだ。いいか、そいつはただのカラスだ」


「でも」


 手にした鳥かごに入ったカラスを見つめる。


「カァー」


 私と目が合ったカラスは、アシェルの言い分を肯定するように鳴いた。


「愛着がわかないように敢えて名前を付けずカラスと呼んでいながら君は、まんまとそのカラスに情がわいてしまったと」


 図星を言い当てられ、私は黙り込む。


「ほら、貸してみろ」


 アシェルは椅子から立ち上がり、私に手を伸ばす。さりげなくその手を掴む。


「違う。その鳥かごだ」


 アシェルは私の手を振り払う。


(わかってるってば)


 相変わらず優しさが足りない彼を睨む。


「ほら、早くよこせ」


「やっぱり、帰さなきゃだめだよね?」


 急かされた私は、未練がましく鳥かごの中を見つめる。


「カァー」


 カラスは、早く外に出せと言わんばかりに、チョンチョンと跳ねた。


「ほら、早く」


 アシェルは問答無用で窓を開け放つ。冷たい風が部屋に流れ込んできて、レースのカーテンが揺れる。


「これでいいの?」


 私は鳥かごを抱えたまま、窓際に立つ。


 空には見入ってしまうほど色鮮やかな夕焼けが広がっていた。


「カァー、カァー」


 かごの中のカラスが、チョンと跳ねる。外の空気を感じたのか、羽をバサバサとさせている。


「バイバイ」


 アシェルに促され、私はかごを窓辺に置いた。


 扉を開ける手が、少しだけ震えている。


 カチリ。


 最後にもう一度、カラスと目が合う。黒曜石のような瞳に、自分の顔が映っているのが見えた。


 大きく羽を動かして、一瞬の躊躇いもなく、カラスは飛び立った。


 黒い影が、赤く染まる空に溶けていく。


 遠くで、もう一羽のカラスが鳴いた。


「カァー」


 応えるように、解放されたカラスも鳴く。二羽は出会い、寄り添うように飛んでいった。


 空っぽになった鳥かごを見つめると、黒い羽が一枚落ちていた。


「なんか、寂しい」


「また会えるさ」


「カラスと?」


「ああ。今度は窓の外で」


 アシェルは窓辺に立ったまま、遠ざかっていく二羽を見送っている。


 私も隣に立つ。彼と肩が触れ合う。


 オレンジ色に染まる光が部屋の中に差し込み、燃えるような光で満ちていく。


(カラスの次は、お姉様の記憶)


 最後に残された記憶には、きっと私が知らない姉が残されている。


(見たくないな)


 完璧ではない姉を知って、私の中の罪悪感はさらに増すかも知れない。何より、本当に姉との別れを実感してしまう気がして、できれば記憶なんて見たくない。


(バックアップ結晶を捨てちゃえば、全部なかったことになる)


 正直、そっちを選ぶ方が楽な気がする。


(でも、お姉様は私に見て欲しいのよね……)


 しかも姉は私が誰かの救いの光になった時、私を許すと言っていた。


(お姉様、ずるいわ)


 先に自分だけ楽になって、残った私に無理難題を押し付けるのだから。


(でも、お姉様はいつだってずるい人だったわ)


 だから私は、今までそうだったように、ずるいお姉様の言う通りに動くしかない。


「アシェル」


「なに?」


「お姉様の記憶を見たいわ」


 返事の代わりに、彼は私の手を握った。その手は、いつもより少しだけ温かかった。

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