会いたかった人3
「ここで的確な治療を受け続けている限り、両親は僕のことで悩まずに済む。それに、学校のみんなを、誰かを不意に傷つけることもない。だから、僕はここにいるべきなんだ」
私は思わず立ち上がった。
「違うわ!」
私の声が中庭に響き渡る。アシェルは驚いたように目を見開いた。
「あなたがいるべき場所は、学校よ。もし学校が嫌なら、他の場所だってある。でも少なくともここじゃないわ」
「どうしてそう言い切れるんだよ」
アシェルがまるで助けを求めるような、苦しそうな表情で私を見つめる。
「いつでもあなたの生意気な顔が見られないなんて、私が耐えられないからよ!」
感情を爆発させ、浮かんだままの言葉を吐き出す。
「シャルロッテ、それは遠回しに僕に告白してるのか?」
雰囲気をガラリと変えたアシェルがニヤリと笑う。
「え、そうなの?」
「君は僕に会いたくて、わざわざそんな格好をしてここに来たみたいだし」
アシェルの意地悪な視線が、めいいっぱい着飾った私のドレスに移動する。
「それは、殿下の手前、仕方なくだし……」
スッと彼から目をそらす。
「は?まさか君はフィデリス殿下を巻き込んだ……そうか。だからやけに施設の掃除メイドが張り切ってたわけだ」
一人納得するアシェル。
「と、とにかく、早く戻ってきてよ。お姉様の記憶が入ってるバックアップ結晶だって私一人じゃどうにも出来ないし、カラスだっていつまでも狭い鳥かごで飼っているのは可哀想だもの」
「そう言えば、君は動物愛護に目覚めたようだな。一体どういう風の吹き回しなんだ?」
遠回しにカトリーナさんに、金貨五百枚を間接的に寄付したことを指摘される。
「匿ってもらったお礼と、私たちが容赦なく仕留めてしまった熊への懺悔の気持ちからよ」
「また君は騙されたのか?カラス三泊で銀貨三十枚を要求する人間だぞ?」
「騙されてもいいわ。私にも救える命があるって、すっごく前向きになれたから」
ふんっとアシェルから顔をそらす。そんな私の手をアシェルが引っ張る。
「なによ」
「いいか。僕は、君を親友だとは思っていない」
「……え?」
アシェルの言葉があまりにも唐突で、その場で固まってしまう。
「親友じゃないって、どういう意味?」
彼の紫色の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。光の中で、その瞳はどこか哀しげで、それでいて決意を秘めているように見えて不安になる。
「シャルロッテ、君は僕にとって特別だ。ただの親友だなんて、そんな言葉じゃ到底足りない存在なんだ」
「と、特別って、どういう」
胸がドキドキと高鳴り、言葉がうまく出てこない。何かを返そうとしても、頭が真っ白になってしまう。その上、彼と繋がれた手が汗ばんできて、何だかとても恥ずかしい。
「僕にとって君は、厄介ごとを持ち込む女の子で、感情的すぎるし、八つ当たりはしてくるし、倫理観もなくて、どうかと思うところは沢山ある」
「真実すぎて、言い返す言葉が見つからないわ」
「だけど、そんな悩ましい君がいないと、物足りない気がして、僕はまた自分を殺したくなる」
彼の声は低くて穏やかで、でもわずかに震えていた。
「この施設に一生世話になろうと決めた時、唯一残念だなと感じたのは、もう君に振り回されることはないんだと、そのことだけだったんだ」
「私に振り回されたいってこと?」
「いや、できれば平穏でありたいと思う」
真顔で返される。
「どっちよ!」
思わず声が大きくなる。
「つまり、君になら振り回されてもいいと思ってしまうくらい、僕の人生には、君が必要だってことだ」
アシェルの言葉は、まるで時が止まったかのように私の中で反響していた。
(必要、なの……?)
「アシェル」
私はかすれた声で彼の名前を呼ぶ。
(それって本心なの?)
喉まで出かけた言葉を飲み込む。なぜなら、私を見つめる彼の言葉が嘘ではないと、その瞳が、手が、何よりその声が、真実を伝えていると感じたから。
「ここにいる間に、わずかな期待と共にずっと考えていた。もし君が僕を迎えに来るなら、何を伝えるべきかを。でも、こんな風に君を目の前にすると、上手く言葉にできないもんだな」
「そんなの私だって同じよ」
私は彼の手をぎゅっと握りしめる。
「アシェル、私は……」
言葉が詰まる。
(あなたが好きよ)
そう思うのに、きちんと言葉に出来なくなってしまったのは、それが親友だからなのか、恋なのか。自分でもよく分からないから。
(でも、一つだけ確かなことがあるわ)
「あなたを一人にはしない。何があっても、ずっと一緒にいるから」
そう伝えた瞬間、アシェルの表情が柔らかく崩れた。
「ありがとう」
彼が小さく笑ったその顔は、どこか安堵しているように見えた。そしてその笑顔が、私の胸の中を温かく満たしていく。
(私は、彼にとってどんな存在になれるんだろう?)
その答えはまだ見えないけれど、今はただ、この特別な時間を大切にしたいと思った。
静かな秋の風が私たちの間を通り抜ける。ガゼボの中、花々の香りに包まれながら、私たちは、はにかむ笑みをお互い向け合うのであった。