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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第四部 誰が姉を殺したの?
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会いたかった人1

 施設の中庭に足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を呑む。


 天窓から差し込む秋の柔らかな陽光を受けて、色とりどりの花々が美しく咲き誇っている。ダリアやコスモス、シオンなど、どれも私の知る花より少しだけ大きく、鮮やかで、まるで魔法がかかっているかのようだった。


 中央にある白いガゼボが、その風景をさらに引き立てている。純白の柱と繊細なアーチ型の屋根が、おとぎ話のような雰囲気を醸し出していた。


 そして、そのガゼボの中に人影を見つけた瞬間、私の心臓が一気に跳ね上がる。


(アシェルだ)


 少し気怠そうなあの背中、黒髪で長めの前髪、そして手には本。間違えるわけがない、あれはアシェルだ。


 認識した途端、私の足はその場に釘付けになった。心が急いで彼に近づきたいと叫ぶ一方で、全身が動くことを拒んでいるようだ。


(彼に何と言えばいいの?何から話せばいいの?ここは鉄板の「久しぶり」でいくべき?それとも「元気だった?」って、ここはセラピー施設だし!)


 第一声として何が妥当なのか。懸命に考えていると、アシェルがゆっくりとこちらを振り返った。


 私の存在に気づいたのか、それともただの偶然か――その澄んだ紫色の瞳が私を捉える。


「……シャルロッテ?」


 彼が私の名前を口にした。その声は懐かしく、でも少しかすれていて、弱々しかった。


「アシェル!」


 次の瞬間、体が勝手に動いていた。私はガゼボに向かって駆け出し、ベンチに座る彼の前に立つ。


 近くで見る彼は、以前より痩せていて、顔色もあまり良くない。でも、最後に見た時に頬にあった痣は綺麗さっぱり無くなっていた。


(なんか、見慣れてたぶん、寂しい気もするけど)


 それでも、そこにいるのは確かに私が会いたかった人で間違いない。


「なんで、君がここに……?」


 困惑したような彼の言葉に、私は一瞬口ごもる。それから、必死に気持ちを落ち着けて、精一杯の笑顔を浮かべた。


「会いに来たのよ。あなたがいつまで経っても私の連絡を無視するから」


 アシェルはほんの少し目を見開いた。けれどすぐに視線を逸らし、苦笑いを浮かべる。


「二度と馬鹿な事をしないようにと、スペルタッチは親に取り上げられているんだよ」


「じゃあ、私が送ったメッセージを一通も読んでないってこと?」


「そうなるな」


「だったら、手紙くらい書きなさいよ」


 腰に手を当てて、彼を批判する。


「その発想はなかった」


「薄情者」


 あんなに色々考えて、不安だったのに、彼の顔を見たら言葉が勝手にポンポン飛び出す。


「連絡を密に取り合う。それは、親友の基本でしょ?」


 アシェルは黙ったまま、私に目を向けている。その瞳の奥には、戸惑いが見え隠れしているような気がして、私はちくんと胸が痛む。


(もう親友じゃないってこと?)


 そうだとしたら、とてもがっかりするし、悲しい。


「……変わらないな、君は」


 呟く彼の言葉に、自然と頬が緩んでしまう。


「あなたはまず、便箋と封筒を用意するのよ。それから時制の挨拶は、私にはいらないから。ただ、何をしてるのか。せめて、元気なのかどうかだけは教えて」


 他に言いたいことは沢山あるはずなのに、口をついて出るのは小言ばかり。


(現実は、あんまり深く考えすぎない方が上手く行くのかも)


 気を張っていた気持ちが一気に抜けた。


「それから、私の書く手紙には、三日以内に返信しなきゃダメよ」


 アシェルは私を見つめたまま黙っている。


「私は、ずっと待ってたんだから」


 本音を漏らすと、彼の表情がわずかに歪んだ。そして、彼は私から視線を逸らすと小さく息を吐く。


「ごめん……」


 その謝罪の言葉が何を意味するのか、私にはわからない。けれど、彼が今何かに苦しんでいるのはわかった。


 それはおそらく私が原因だ。


 下ろした手をギュッと握る。


「アシェル、ごめんなさい。私があなたを巻き込んだから、こんなことになっちゃって」


 彼に謝ると、ゆっくりと隣に腰を下ろす。


「あなたを危険な目に遭わせるつもりはなくて」


 そこまで言いかけたところで、まるで言葉を遮るように、彼の大きな手が私のベンチに置いた手に触れた。


「……もういいんだ」


 彼は微笑む。けれどその笑顔はどこか寂しげで、まるで何かを諦めてしまったかのように見えて不安になる。


「アシェル……?」


 私は彼を見つめる。すると、彼は静かに口を開いた。


「君と家出をしたこと。それは僕が決めたことだ。それにクラウディア様の件で、巻き込まれたこと。それだって嫌なら途中で手を引くことは出来た。だから、君のせいじゃない」


 アシェルは、私に向かって小さく微笑む。


「それに僕は、君と一緒にいるのが楽しくて、絆の制約を解いたことを、わざと君に知らせなかったんだ」


「は?」


 思いがけぬカミングアウトに、彼の顔をマジマジと見つめてしまう。

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