セラピー施設2
職員さんの隣を歩きながら、つい考えてしまうのは、数分後には顔を合わせているであろう彼のこと。
(エーテル保有量の多さか……)
アシェルはエーテル濃度が低いとされるキャメロン王国で魔法を連続で使用できていた。
(私なんて、シャドウプレッシャーを一回使えたのだって、まぐれみたいなもんだったし)
その件に関して、そもそも私のエーテル保有量が低すぎるからという可能性もある。しかしすぐに、路地裏の樽の中で聞いた、治安官の話を思い出す。
(確か、かつてルミナリウム王国を救った魔法使いの血を受け継いでいるとか、古代アルカディア帝国にも、紫の瞳を持つ魔法使いがいたとかなんとか言ってたような)
会話内容から察するに、エーテル保有量の多さは、彼が持つ紫の瞳と関係していると考えて間違いなさそうだ。
(でも、エーテルを溜め込みすぎると気が狂うとも言っていたような)
うっかり余計なことまで思い出し、不安に駆られる。
「あの、エーテルを溜め込みすぎると、気が狂ったりするんですか?」
気付けばたずねていた。
「そうですね。一概にそうだとは言えません。しかし、体内でエーテルを循環できない状態が長く続く場合、濃くなったエーテルが脳に影響を与え、現実と虚構の区別がつかなくなることもあるとされています」
「つまり、幻覚や幻聴といった症状が出るってことですか?」
「ええ。それによって不安を抱え、感情が制御不能になったり、怒りや悲しみが突発的に溢れ出し、人間関係に支障が出る場合も」
「となると、私のヒステリーもエーテルが上手く循環してないから?」
職員さんの具体的な症状に思い当たるフシがありすぎて、思わず呟く。
「でしたら、一度当施設で精密検査を受けてはいかがでしょう?」
ニッコリと微笑む職員さん。
「いえ、いいです! 今のところは、遠慮しておきます!」
私は慌てて彼女の提案を断るのだった。
*
その後もエーテル関連や施設の仕組みについて説明を受けながら館内を移動し、ついに私は、アシェルがいるとされる、中庭へと続く扉の前に到着する。
「いきなりのご訪問に驚かれるかもしれませんが、面会はお好きなだけどうぞ。何かございましたら呼び鈴を鳴らしてくださいね」
「ありがとうございます」
私の声は、わずかに震えていた。
(この扉の向こうにアシェルがいる)
その事実に、胸の鼓動が一気に早まる。
職員さんが首から下げた職員証を、ドアの横についた魔道具にかざす。するとピッと音がして、大きな扉が開く。
(緊張する。帰りたい)
咄嗟にそう思った。けれど、今さら引き返せない。
(だって私は、彼に会うために、ここまで来たんだから)
グッと拳を握り、私は中庭に一歩足を踏み入れたのであった。