セラピー施設1
施設の門を目の前にした瞬間、私は言いようのない緊張感に襲われた。
背の高い鉄柵の門は、魔法を封じる術式が張り巡らされているのがひと目でわかる。
広大な芝生の広がる敷地内にある白亜の建物が、午後の陽光を浴びて輝いている。美しい自然の中に不自然に存在する建物は、無機質で外界を跳ね除けるような印象だ。
人の声はせず、よく通る鳥の鳴き声が響くだけ。一見して穏やかな場所のように見えるけれど、不自然な静けさが、かえって異様な重さを感じさせる。
車から降り、施設に向かって整えられた道を案内される間も、私の心はざわついて落ち着かない。
アシェルはどんな状態なのか、前触れなく押しかけた私の存在をどう受け止めるのか。そんな、不安と期待が交互に押し寄せる。
「では、のちほど」
「ありがとうございます」
建物内に入ってすぐに殿下と別れた私は、施設の職員さんに案内されることになった。
「中庭にご案内します」
清潔感の塊といった、白衣に身を包む女性に促されるまま館内を進む。
「ここの施設に入所する方は、みんなエーテル関係に問題を抱えているんですか?」
無言だと余計なことを考えて不安になるため、積極的に質問する。
「ええ。魔力衰弱や、エーテルの暴走といった経験をされた方の中には、エーテル中毒、エーテル感受過剰症や情緒不安定といった、様々な後遺症に悩む人がいます。ここでは、そういった方を専門に治療しているんですよ」
女性の回答に、今すぐに回れ右をしたくなる。
私を逃がすために、アシェルが魔力衰弱を起こした。その結果、こんな辺鄙な場所に閉じ込められる羽目になってしまった。
その事実を突きつけられて、足取りが重くなる。
「こんなに大きな施設ってことは、患者さんはいっぱいいるんですか?」
気を紛らわせるために、さらに質問を重ねる。
「そこまで多くはありません。半分は研究施設のようなものなんです」
「研究施設ですか?」
「ここでは、エーテルとの新しい調和の方法を探る研究も行っていますので。ここにいる患者の皆様は、ただ治療を受けるだけでなく、自身の状態を記録し、研究データとして提供することにも協力してくれているんです」
職員さんは柔らかな笑顔と穏やかな声で告げた。
(なんでそんなディープな内容を明るく話せるのよ……)
施設の内情を知れば知るほど、私の気分は落ち込む。
彼女にとっては仕事だし、アシェルは患者なのだから、何とも思わないのは正しい。
それなのに、私は嬉々として語る職員さんに心がざわついてたまらない。
(怒っちゃだめよ、私)
感情をコントロールせねばと、小さく深呼吸する。
「アシェル……様は、お元気なのでしょうか?」
「そうですね。施設に入所されている方に、元気というのもおかしな話ですが、特に問題なく会話もできていますよ?」
(え、そのレベルでマシな方なの?)
会話を交わせるのが元気な証だなんて、元気じゃない人はいったいどんな状況なのだろうか。
一人どぎまぎしていると、職員さんが勝手に語り始めた。
「彼の場合は少し特殊なんです。そもそも体内のエーテル保有量が通常では考えられないほどの数値を叩き出していますので。もちろん、治療が優先されていますが、彼のようなケースは非常に珍しいので、研究の観点からも注目されています」
「珍しい、ですか?」
「ええ。通常でしたら、彼と同程度のエーテルを体内に体内に保有していた場合、精神に異常をきたしていてもおかしくないはずなんです。でも彼は魔力衰弱の後遺症以外、特に健康に問題はなく、会話も出来ています」
「なるほど」
「そもそも、魔力衰弱や暴走の後遺症は人によって異なるので、標準的な治療が難しいとされている。だからこういったセラピー施設が必要なんです」
「そうだったんですね」
「アシェル様はとても意思の強い方です。治療にも前向きに取り組まれているので、施設としても全力で支えていくつもりですので、ご安心ください」
力強く告げられた言葉に、頷きで返す。
(つまり、研究対象として、アシェルはここで大事にされてるってことか)
それもどうかとは思う。けれど、彼が治療に前向きだという彼女の言葉は、少しだけ私の気持ちを軽くした。
(それにお喋りな彼女からは、悪意を感じないし)
少なくとも、アシェルは安全な場所に収容されているようだと、安堵する。