会うための下準備2
意外に人の話を聞かないエリザ様によって、「アシェルに会いたい」という私個人の願いは、フィデリス殿下を巻き込むことになってしまった。
私の家出の件が他の話題にすっかり移り変わる頃、フィデリス殿下が視察という形でアシェルのいるセラピー施設を訪れることが決まったのである。
国王一家が所有する、王都から数時間ほど北上した位置に存在する領地、ラズルハイム内に目的のセラピー施設はあるらしい。
アシェルに拒絶されるのではという恐れ。もしかしたら嬉しがってくれるかもという期待。そして、こんな結果になってしまった件に巻き込んだ罪悪感。さらには、父や母にまた嘘をついて訪れるということも、私の胃を攻撃する材料だ。
(でも、アシェルに会うためには仕方なかったもの)
私は最大限使える物を利用し、今日という日を迎えた。
複雑な思いが入り混じる中、魔導ポータルを利用した私は、ものの数秒でセラピー施設のあるラズルハイムに降り立っていた。
「段取り良すぎじゃない?」
これまでの経緯を考え、驚くほどスムーズに進んでいることに驚く。
「ここから施設までは、迎えの魔導車で向かうことになる」
兄と同じ大学に進んだという殿下は、しばらくみないうちに、すっかり大人びていた。
膝上丈の黒いフロックコートに、Vネックになったシルクのベスト。高い襟とカフスが特徴的な白いシャツに、細身のシルエットになったくるぶし丈のパンツ。頭にはシルクハットを被り、手にはステッキを持っている。
身につけるもの全てがきちんとしており、ひと目で厳格で格式高いものだとわかる。
(まるで、貴族社会を具現化した人みたい)
思いついた自分の感想に、つい苦笑いしてしまう。
(王子様なんだもの。みたい、ではなく、そうなのよ)
自分自身に訂正を入れる。
(そういう私だって、今日はどこからどう見ても立派な貴族の娘なわけだし)
自分が袖を通す、外出着に視線を落とす。
バラ、コスモス、パンジーにガーベラといった秋の花をモチーフにした、華やかで洗練されたモスグリーンのドレスは、急遽あしらえてもらったもの。
慈善活動をする殿下のお供に抜擢されたと両親に伝えたところ、父の財布の紐が見事に緩んだ結果だ。
(お父様は、私が殿下に気に入られたとか、慈善活動に目覚めたなんて思ってるだろうけど)
全てはアシェルに会うための口実だ。
(でもま、信用度の高い殿下のおかげで私はこうして親の同伴なしで、久々外出できているわけだし、殿下が訪れることを喜ぶ人も多いわけで)
彼を巻き込んだことに関しては結果オーライだと思っているため、罪悪感はゼロだ。
「魔導車のご用意ができました。どうぞこちらへ」
フィデリス殿下付きの執事らしき男性が、殿下に声をかける。
「では参ろう」
「はい」
私は殿下のお供の者に紛れ、ぞろぞろと団体で移動する。
ポータル広場の前にはずらりと黒塗りの魔導車が五台ほど並んでいた。
(視察なのに、まるで祝賀パレードみたいじゃない)
真ん中に挟まれた一番大きな魔導車は殿下が乗車するのだろう。
殿下の車には、フロント部分にエーテルの揺らぎを表現した、金色のグラデーションの渦模様が描かれた国旗がはためいていた。
(きっと市民に「殿下はここよ」とアピールするためのものなんだろうけど)
移動するだけなのに、いちいち注目されるのは気が休まらなくて大変だろうなと感じた。
「シャルロッテ嬢は、私と同じ車で」
「え」
何気なく殿下が放った言葉で、私は固まる。
「何か問題でも?」
ニヤリとした笑みを浮かべるフィデリス殿下。
(絶対、自分を巻き込んだことを根に持つ顔じゃない。腹黒王子め)
内心悪態をつきつつ、分が悪い私は貴族の娘らしい上品な笑顔を顔に貼り付ける。
「光栄ですわ」
「ならば良かった」
殿下は短く告げ、車内に乗り込んだ。
「どうぞこちらへ」
魔導車のドライバーがドアを開ける。
「ありがとうございます」
かさばるドレスに手まどいながら、何とか車に乗り込む。
「出発します」
運転席から声がかかり、魔導車がゆっくりと動き出す。
窓の外に顔を向け、ラズルハイムの流れる街並みをぼんやりと眺める。
「私は視察だから、施設長と館内を回ることになるだろう。君とアシェルはその間に中庭で密会できるよう、手筈を整えてある」
「ありがとうございます」
「二人の再会の場に、余計な人間は要らないだろう?」
意味深な視線を向けられ、私は首を傾げてとぼける。
「君とアシェルはどういった関係なんだ?」
「なるほど。殿下は、デリカシーに欠けますね」
人の目の少ない車内だということで、猫を被るのをやめる。そんな無遠慮な私に、助手席に座る執事がチラリと視線を向けてきた。
「エリザも詳しく教えてくれないしな。けれど、もし君たちがそういう……つまり、何というか」
言いにくそうに言葉を濁す殿下。
「不適切な関係」
窓の外を見つめたまま、代わりに私が答える。
「コホン。そう言いたかったわけじゃない。つまり君たちが想い合う仲であるのならば、こじれてしまったコンラッド侯爵家とルグウィン侯爵家が以前のように良好な関係に戻るかもと期待し、たずねただけだ」
まるでダムが崩壊したように、早口になる殿下。
「それって、私とアシェルを政治の道具に使おうとしてるってことですか?」
憤慨する気持ちのまま、フィデリス殿下を睨む。
「そうだ。我が国の議会において発言力を持つ両家が仲違いしている状況に、父上も頭を悩ませているからな」
「だったら、陛下から『大人なんだから、仲良くしなさい』とお父様たちに命令したらどうですか?」
「それで和解できるならば、とっくにそうしてるさ」
殿下は力無く笑う。