会うための下準備1
アシェルと連絡が一切取れない私は、彼の姉であるエリザ様を頼ることにした。
すでにケンフォード魔法学校を卒業した彼女は、私たちと入れ替わりで、キャメロン王国のマージフィニッシングスクールに入学した。よって、直接会うことは困難だ。
しかも私は、家出した罰とばかり、保護者の付き添いがないと校外へ外出することが許されない窮屈な身でもある。
(アシェルに会いに行くって言ったら、絶対許して貰えそうもないし)
特に父は、私が家出した原因をアシェルのせいだと譲らない。頑固さをこれでもかと炸裂させた非常に厄介な存在だ。
(冷静に考えたら私が彼を誘ったってわかるはずなのに)
父の中では、何が何でもコンラッド侯爵の息子を悪者に仕立て上げたいようだ。
さらに私は、エリザ様と連絡先を交換していないため、彼女とすら、個人的な連絡を取れる手段を持っていない。
「初っ端から、積んでるんだけど……」
住み慣れた寮の部屋で、すっかり元気を取り戻したカラスに、リンゴをあげながら肩を落とす。
「せめてあなたの中に、もう少しだけお姉様の魂が残っていたら良かったのに」
愚痴を吐き出す私に、カラスは「カァー」と短く鳴くだけ。
「でもだからって、もう一度、お姉様のお墓を掘り返すわけにもいかないし」
喋らないカラスは、自然界的には正しいのに、物足りなく感じる。
「ネクロメモリアをして、お姉様の記憶の欠片を保存したエテルナキューブをもう一度、カラスに飲み込んでもらえば、またお喋りできるのかな」
今や、キャメロン王国で一番有名な獣医となった、カトリーナさんが聞いたら「動物虐待だわ」と私を責めそうな考えが脳裏をよぎる。
「でも駄目ね。私にはネクロメモリアを成功させる魔法の技量がないから」
それに、かつてアシェルは喋るようになったカラスの存在を、再現性が低いことだと口にしていた。
「つまり、あなたはお姉様に戻らないってこと。実に残念だわ」
鳥かごの中に差し入れたりんごを太い嘴でつつくカラスを見つめる。少しの間だったけれど、カラスの姉と過ごした日々は、姉と同じように私だって楽しかった。
「アシェルなら『これはカラスだ。クラウディア様じゃない』って言いそうよね」
不機嫌そうな顔でぴしゃりと言い放つ彼を思い出し、今すぐ会いたい気持ちが込み上げてくる。
「あなたを早く野に帰してあげたいけど、アシェルにこのまま放っていいのか聞きたいし」
弁解する言葉は、自分の首を真綿で絞めているように感じた。
「こうなったら、ソフィーを頼るしかないわ」
私はスペルタッチを取り出し、キャメロン王国にいる友人ソフィーに、早速メッセージを打った。
*
『やっほー。例の件だけど上手くいったわ。エリザ様の方が年上だけど、監獄では私の方が先輩だからね。余裕で連絡先を教えてくれたわよ』
自分が通うマージフィニッシングスクールを「監獄」だと表現する、私と同じ感性の持ち主であるソフィーのお陰で、無事にエリザ様と連絡先を交換できた。
(連絡先を入手した方法に、若干の不安は残るけど)
これでアシェルのことを聞けると、私はエリザ様に早速連絡をとった。
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シャルロッテ:お久しぶりです。シャルロッテです。
エリザ:ほんと、久しぶり。あなたとカラスは元気?
シャルロッテ:私は元気で、口数が減ったけど、カラスは元気です。エリザ様はお元気ですか?
エリザ:まだ慣れないけど、なんとかやってるわ。
シャルロッテ:頑張って下さい。
エリザ:ありがとう。そう言えばアシェルから聞いたわ。カラスの魔法が解けちゃったんですってね。お別れを言えなくて、すごく残念だわ。
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実際に顔を合わせておしゃべりする時と違い、文字だけのやりとりは難しい。
丁寧にしなければと「オッケーです」という言葉を「大丈夫です」と変換して返信したら、「オッケーなの?駄目なの?どっち?」と聞きかえされてしまった経験があるからだ。
あいまいに返事を濁すと伝わらない。けれどストレート過ぎると、冷たく思われてしまう。
間違って伝わりやすい文字のやりとりは、本当に気を使う。
そんな状況の中、単刀直入に聞けない自分をもどかしく思いつつ、エリザ様と貴族のしきたりに従い、何度か探り合いの連絡を取り合った。
そしてついに、アシェルの状況が判明した。
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エリザ:アシェルは今、セラピー施設に入院してるの。キャメロン王国で、エーテルが完全に枯渇して魔力衰弱になったちゃったせいなのか、精神と身体が不安定な状況が続いてるらしいわ。
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エリザ様から明かされた事実に、私は胸の奥がざわついて仕方がなかった。
(彼は一体どんな状態なの)
誰よりも冷静で、誰にも頼らないアシェルだからこそ余計に心配になった。
さらに私は、追加で衝撃的な事実を知らされる。
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エリザ:ロッテは知らされていないだろうけど、コンラッド侯爵家とルグウィン侯爵家は、かつてないほどバチバチしてる状況みたい。
シャルロッテ:バチバチですか?
エリザ:そもそも仲違いしていた所に、フィデリス殿下の婚約者の筆頭に私の名が上がってることもそうだし、家出のこともあったでしょう?
シャルロッテ:なるほど。
エリザ:だから、ロッテが表立ってアシェルに会うのは難しいかも。うちの親的には、アシェルがセラピー施設送りになったのは、ロッテのせいだと思ってるみたいだし。
シャルロッテ:そうですか……。
エリザ:私が近くにいれば、力になってあげられるんだけど。あ、フィーの力を借りたらどうかしら?彼ならきっと何とかしてくれるわ。
シャルロッテ:さすがに、私的なことすぎて、殿下にお願いするわけには。
エリザ:大丈夫よ。クラウディアの妹と私の弟のピンチだもの。巻き込む理由としては、これ以上ないでしょ?
シャルロッテ:でも流石に殿下は……。
エリザ:任せておいて。また、連絡するわね
シャルロッテ:あ……。
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エリザ様は、わりと強引な人だということが判明した。