私が消えない理由3
「アシェルのことだから、きっと全部計算済みだったのよ」
意味ありげな笑みを浮かべるクロエ。
「計算済み?」
私は首を傾げる。
「そう。ロッテを守るために、全部引き受けようとしてるんじゃない?贖罪のつもりで」
食堂の喧騒が急に遠くなったような気がした。窓から差し込む午後の日差しが、妙に冷たく感じる。
「贖罪って、彼に迷惑をかけっぱなしなのは、私の方なのに?」
「じゃ、好きな子を守ろうとしてるとか」
「好き?アシェルが私を?」
思い返して見る。
(アシェルが親友認定してくれて、私はそのことが嬉しくて、彼にキスをしてしまった)
あの時彼は……。
『今は君の気持ちに、きちんと応えられる状況じゃない』
(なるほど)
私はハッキリ断られているようだ。
「クロエ、彼が私を好きだなんて、世界がひっくり返ったってないわ」
彼女の目を見て、きっぱり断言する。
「でも、あの人嫌いなアシェル・コンラッドがあなたと家出したのよ?」
「それは……彼なりに複雑な事情があるっていうか」
いくら親友とは言え、紫の瞳にまつわる件を明かすわけにはいかず口ごもる。
「その複雑な事情とやらで、アシェルはロッテと連絡を経ってるってこと?」
「わからないわ。連絡がないから」
「もしかして親に外部との連絡を禁止されてるとか、あ、記憶喪失とか?」
クロエが閃いたといった感じで告げた。
「え、記憶喪失!?」
その発想はなかったと、野菜スープの中にある人参を見つめる。
「まったく。お前たちって、なんでそう物事をすぐ複雑にしようとするんだよ」
ルシェがわざとらしく溜息をつく。
「そんなに気になるなら会いに行けばいいだろ。あいつの家は王都にあるんだし」
「そうね。ドアは訪問するためについてるんだし」
「……うまいこと言ったと思ってるだろ」
得意げな顔をするクロエに、ルシュがため息をつく。
いつも通りな二人のやりとりの横で、私は残りのパンをスープに浸す。今は周りの視線も、囁き声も、数分前ほど気にならない。
(気になるなら、会いに行けばいい)
ルシュの言葉がスッと胸に溶け込む。
(コンラッド侯爵家とルグウィン侯爵家の仲が悪いとか、外聞が悪いとか、親に変な気を使わせたくないとか)
彼に会わないための理由は沢山ある。
(でも、私たちって最初からそういう関係なんだよね。複雑で、めちゃくちゃで……)
そもそも、私自身が完璧に世間に馴染める人間じゃないし、誰かに常識を説けるほど立派な人間でもない。
(だったら、今まで通り。自分が思うように行動したって許されるのでは?)
改めてそのことに気づく。
「で、ロッテはどうするの?」
クロエが覗き込んでくる。
「決まってるでしょ」
私は立ち上がる。
「今度は私が彼を追いかける番よ!!」
高らかに宣言する。
突如大きな声をあげる私に、食堂の空気が変わる。また視線が集まる。
でも、もういい。
(どうせ私は、普通じゃないんだから)
認めたら心が軽くなって、笑いがとまらなくなる。
そんな私を、ルクスの人もソリスの人も怪訝な顔で見つめてくる。
「何アレ?」
「元々やばい人だって噂があったけど」
「うわ、目が合った」
「呪われるぞ」
「お前、家出に誘われるな」
馬鹿にするような笑い声。
(安心して。私だって家出の相棒に、あなたみたいな人は絶対選ばないから)
ふんっと顔を背ける。すると、食堂の隅を陣取るアークの生徒たちが目に映る。
前と変わらず、本に夢中な人、グリンピースを避けることに必死になる人、宙を見つめる人。トゲトゲな服が更にパワーアップしている人。
みんなに共通するのは、他人の目を気にしていないこと。そんな、その他大勢から少し外れた仲間たちが、私の存在を肯定してくれているような気がした。
「そう、今度は私が彼を追いかける番。逃さないから」
呟き、グッと拳を握る。
「今度はって言うけどさ、最初からロッテがあいつを追いかけ回してたような気がするけど」
「ルシュ、せっかく前向きになったんだから、水をささないの」
私の奇行に驚くことなく、通常通りな二人。
(お姉様、認めるわ。私はあなたより恵まれてる)
社会からどんなに問題児扱いされても、私にはいつだって味方になってくれる親友がいるから。
「私は幸せ者だわ。二人とも大好きよ」
笑顔で本音を漏らす私の心は、すでに前を向いていた。