私が消えない理由2
「月光舞踏会……」
(そんな行事、すっかり忘れてた)
月光舞踏会とは、偉大な魔法使いたちを偲ぶ厳粛でありながら華やかな行事——というのは表向きな説明。
実際は、秋の夜に満月の下で開催される舞踏会のことだ。魔法で作られた星や月明かりが会場を照らし、四年生と五年生だけが参加できる。ドレスコードがあるので、数ある行事の中でも格式高い一つと数えられている。
ちなみに先輩の話だと、アーク寮生は声を潜めて『亡霊の舞踏会』と呼んでいるそうだ。
なぜなら、単位のために仕方なく参加するものの、いかにパーティ会場から気付かれず退席するかを競う大会のようになっているからだそうで。
「ドレスを新調したところで、私は喪中だから出ないわ」
「甘いわね。故人となった魔法使いを偲ぶための舞踏会はお祭りじゃないから、喪中は通らないわよ」
「単位もあるしな」
二人は痛いところをついてきた。
(単位か……)
一ヶ月遅れで新学期を迎えた私は、補講を受けることでなんとかなりそうだ。
「アシェルは、このまま辞めちゃうのかな」
パンを野菜スープに浸そうとして、その手をとめてボソリと呟く。
「気になるなら、こっちからメッセージを送ればいいんじゃない?」
クロエの質問に肩を落とす。
「もう試した。けど、返事はなし」
「巻き込んだお前に怒ってるってこと?」
「多分……そう」
(あと、彼にヒステリックに八つ当たりしたこともそうだし、無理やりキスしちゃったこととか……)
ざっと振り返るだけで、彼が私を避けるに値する理由は山ほどある。
「ルシュ、その考えは浅はかだわ」
フォークの先をルシュに向け、彼を睨むクロエ。
「何でだよ」
ローストされたチキンをナイフで切り分けながら、ルシュが口を尖らせる。
「そもそも、ロッテと家出するのが嫌なら断ればいい話でしょ。一緒に行ったのは、彼が選択した結果であって、ロッテは悪くないわ」
「でも最初にクラウディア様の件に巻き込んだ時、ロッテは捏造写真を利用して、あいつを脅してたじゃないか」
「それはそうだけど、その後の二人は良好な感じだったじゃない。ね?」
クロエが私に向けた視線は、完全に同意することを期待するもの。
(私に会って、自分を殺したい気持ちが薄れたって言ってくれたけど)
だからって、私のすること全てを好意的に受け止めていたわけではないだろう。
「よくわからないわ。いい感じに思える時もあったし、嫌そうな時もあったから」
詳しく説明するわけにはいかず、曖昧に返す。
「そんなの普通じゃない」
「普通?」
クロエの言葉を復唱する。
「そうよ。人の付き合いなんて、いつも最高な状態が続く訳じゃないでしょ?」
「それはそう。うちの親なんて外じゃオシドリ夫婦みたいに思われてるけど、一年に何回か大喧嘩して、母親が実家に帰ってるし」
「一年に何回かならいいわよ。うちなんて父に、何人愛人がいると思ってるのよ」
クロエがあっけらかんと言い放つ。
日頃から彼女がこぼす家族に対する愚痴の聞き役となっている私たちは、顔を見合わせて苦笑する。
「あれはもはや、恋をしないと死んじゃう病。遺伝しないことを祈るのみよ」
クロエは、トマトスパゲティの中の潰れたトマトを、フォークで刺した。
「前から思ってたんだけどさ。お前の母親が離婚しないのが不思議なんだけど」
サラダをフォークで刺しながらルシュが続ける。
「庶民同士の結婚は、貴族と違って離婚手続きに議会を通さなくていい。だから簡単に別れられるはずだ。何より事業が上手くいってるお前んちなら、父親から慰謝料をがっぽり取れそうなのに。なんで母親は離婚しないんだ?」
彼は配慮の欠片ゼロな疑問を投げかけ、パクリとサラダを口に入れた。
「お母様はお父様をお財布だと思ってるから大目に見てるのよ。煩わしい男女の駆け引きみたいなのは、外で楽しんでくれって感じなんじゃない?」
「でも、クロエのご両親は恋愛結婚なのよね?」
自分の記憶が正しいかどうかを確認する。
「ええ。父が行きつけの店で働いている母に一目惚れしたらしいわ。猛烈にアタックして結婚した癖に、愛人を作るとか。ほんと意味不明よね」
クロエは大きくため息をつく。
「そもそも父親は妻から財布扱いされるから、愛人を作るんじゃないのか?」
「どうなんだろう。それでも二人は仲良さそうだし、子どもたちを守るためなら、まさに戦友って感じで恐ろしいほど団結するから、はやく別れちゃえって思わなくもないけどね」
「きっと夫婦という関係は、好きとか嫌いを超越した次元で分かり合う、実に複雑な関係なんだろうな」
大人ぶった顔でルシュがコーヒーに手を伸ばす。
「違うわよ。外聞が悪いからでしょ。ま、うちの話はいいとして」
クロエが紙ナプキンで口元を覆うと私を見つめてきた。