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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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帰国する

『お手柄!ジョディアの獣医女性が公爵令嬢を説得。無事保護にいたる』


 そんな見出しが世間を賑わせている頃、私はカラスと一緒に、キャメロン王国の治安官からルミナリウム王国の大使館員へと引き渡されていた。


 それからすぐに、現地の医務局に連れて行かれた私は全身を検査された。異常なしと判断されたあと、身ぐるみ剥がされた私は、湯浴みしてから「侯爵令嬢として恥ずかしくない格好」とやらに着替えさせられた。そして、変身魔法を強制解除された私は、そのまま飛行場に連れて行かれた。


 ルミナリウム王国に向かう飛行船の個室に閉じ込められた私は、去りゆくキャメロン王国を小さな窓から見つめる。


 点在する街並みが、どんどん小さくなっていく。


「アシェルは」


 不運なことに私の護送担当となってしまった、大使館職員の女性にたずねる。


「彼は無事なんですか?」


「ご安心下さい。アシェル様は魔力衰弱を起こしていましたので、すでに特別便で帰国されています」


「大丈夫なんですか?」


「ええ、命に別状はないかと。ただ……」


「ただ?」


「緊急を要するからと、特別措置で帰国を許されましたが、キャメロン王国において治安官数十名を負傷させた罪に問われております。ですから、彼の健康が戻り次第、ルミナリウム、キャメロン両国の治安維持局より、捜査を受けることになると思います」


「そんな……」


 非情な事実を前に、言葉を失う。


「でも、悪いのは私なの。アシェルは私のワガママに付き合っただけなんです」


「けれど、現地の治安官の話しですと、あなたが魔法を行使したのは、獣医のカトリーナ様を暴漢から救う時のみだけだと」


 淡々と語られる事実に、顔を顰める。


「でも、彼は私を逃がすために魔法を使ったわけだし、キャメロン王国の治安官は、私たちにロングソードを向けていたわ。あんな状態なら、誰だって己の身を守るために、魔法を使うと思います」


 必死に彼の無実を主張する。


「正当防衛が認められるかどうか。それは司法が判断しますので。シャルロッテ様はお疲れでしょう。少し休まれたらいかがですか?」


 話は終わりと案に示され、「そうね」と呟く。


 私は自らの軽率な行いのせいで、大事な親友の人生を変えてしまったらしい。


(アシェル……)


 胸が痛むような思いで、私は窓に手を当てた。


 飛行船は高度を上げ、キャメロン王国の街並みがますます遠ざかっていく。私は最後まで窓から目を離せなかった。




 *




 飛行船がゆっくりと着陸する。エンジンの音が静まり、乗客たちがぞろぞろと出口に向かう。私は一歩だけ遅れてデッキにあるベンチから立ち上がった。


「こちらへ」


 キャメロン王国の大使館員に導かれ、飛行船のタラップをゆっくり降りる。


「もうすぐ、親御さんに会えますからね」


 女性の大使館員がニコリと微笑む。


(叱られるのがわかってるのに、親に会いたい子どもっていると思う?)


 内心悪態を吐く。


(って、駄目。笑顔、笑顔)


 色々思う所はあるけれど、彼女は何も悪くない。


「色々とありがとうございます」


 ニコリと微笑んでおく。


「ルグウィン侯爵とご家族は、マスコミの目もありますので、貴賓室でお待ちいただいております」


「マスコミですか……」


「国内でも大々的に報道されていたようですし、今はネットがありますから」


「ですね」


 申し訳無さそうに告げる彼女と一緒に肩を落とす。


「こちらへ」


 大使館の女性に促されるまま、私は到着ロビーに向かう人の列からはみ出る。


 大きな窓から、到着ロビーに集まる人の姿が見えた。そこには、「ようこそ、魔法の国★ルミナリウム王国へ★」と大きな紙を持ったツアー会社の人や、家族を迎える人の姿で溢れていた。


(そう言えば、キャメロン王国についた時は、独特な香辛料の香りがしたのに)


 慣れ親しんだ祖国では、何も匂いを感じない。そのことを寂しく感じていると、一際立派な木のドアの前に案内される。


「失礼いたします。お嬢様をお連れしました」


 大使館の女性がドアをノックして告げる。


「どうぞ」


 扉の向こうから父の低い声が聞こえて、一瞬、足がすくむ。叱られるのは覚悟の上だ。家出した私に、彼らがどれほど失望しているかは想像に難くない。


(半年間外出禁止、最悪学校を退学させられるかも。それか、キャメロン王国のマージフィニッシングスクールあたりに放り込まれるか……)


 密かに最悪の事態を予測し、心の準備をしておく。


 ゆっくり扉が開く。すると、彼らの姿があった。父と母、そしてなぜか兄までもいる。


「シャルロッテ!」


 母の声が耳に届いたかと思うと、次の瞬間には抱きしめられていた。


「無事で良かった、本当に良かった……」


 肩にすがりついて泣く母の姿に、戸惑いを隠せない。


「心配したぞ、シャルロッテ」


 父の低い声も、いつもの威圧感がどこか影を潜めている。そして、私の頭にそっと手を置くと、優しく撫でた。


「全く、お前らしいと言えばらしいけどな。流石にやりすぎだ」


 兄が苦笑しながら放った言葉にも、不思議と怒りは感じられない。


(このパターンは、想定外なんだけど)


 叱られることは覚悟していた。怒鳴られてもいいように、胸の中に言い訳だって詰め込んである。


(それなのに、誰も叱らないなんて)


 どう反応していいのかわからず戸惑う。


「な、なんで……怒らないの?」


 絞り出したような声で問うと、母は私の顔を見つめて微笑む。


「今は、こうして無事にあなたに会えたことが嬉しいのよ」


 その言葉が、胸の奥にずしんと響く。


「本当に……良かった……」


 母の手が私の頬を撫でる。暖かい手の感触が、冷えていた心をじんわりと溶かしていく。


 気づけば、目元が熱くなっていた。


「……ごめんなさい」


 ぽつりと謝罪の言葉が漏れると、頬を涙が伝う。叱られるよりも、優しさの方が辛い。


 私のしたことを思うと、余計に胸が痛む。


「さあ、帰ろう」


 父が優しく促す。私は小さく頷き、母に支えられるようにして歩き出す。


 通路にある大きな窓から空を仰ぐと、澄み渡る青が広がっている。それは、私が背負ってきた暗い影を忘れさせるような、見慣れたルミナリウム王国らしい清々しい空だった。


(アシェル)


 冒険を共にした彼と共に、この空を拝めないことが何より悲しい。


 私は家族の間に挟まれ、故郷の地をゆっくりと踏みしめるのだった。



 *第三部『世界が終わる瞬間』完*

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