表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
140/167

終わりへのカウントダウン5

「で、どうするの?祖国に帰るわけ?」


 獣医さんの問いかけに、少しだけ悩んで、意を決して答えた。


「……はい」


「そうね。カラスのことを考えても、それがいいと思う。それにあなたはまだ十六歳なんでしょう?」


「はい」


「彼のことが好きなの?」


「……はい」


(でもその好きは、親友だからなんです)


 キスしてしまったことを思い出しながら、心で付け足しておく。


「まあそうよね。好きじゃなきゃ、二人で親に内緒で旅行なんてしないものね。二人は交際を反対されてるの?」


 彼女の問いに、少し戸惑いながら頷く。


「ええ。お互いの家が違う派閥に属しているせいで、認められないんです」


(それは本当のこと)


 今回のことも含め、お互いの状況を考えると、私たちは本来一緒にいるのが普通な関係じゃない。


「それはまた古典的な話ね。でも、反対されるほど燃え上がるのが恋愛ってものよ」


 彼女は軽く笑いながら、再びコーヒーを啜る。その明るい様子に少し救われる思いがした。


「でも、その結果、今こうなってしまったわけですから……。彼を巻き込んでしまったのも私のせいだし。全部私が悪いんです」


 彼女いわく自己嫌悪モード中の私は、いじける気持ちをそのまま吐き出す。


「彼がどう感じているのかを、あなたはちゃんと聞いたの?」


 彼女は眉をひそめて、問いかけてきた。


「それは……聞いてません」


「なら、自分のせいだなんて、決めつけちゃだめ。誰かに巻き込まれるかどうかなんて、本人の意思なしに決められることじゃないんだし」


 彼女の言葉に、胸の中に巣食う自己嫌悪が少し和らぐ。


「……正直、彼が保安官に捕まってしまったし、どうしていいかわかりません」


 弱音を吐き出す。


「なるほどね。でも、あなたが落ち込んでても、彼が戻ってくるわけじゃないわ。今は状況を整理して、できることを考えたほうが、有意義な時間の使い方だと思うわ」


 彼女はカップをテーブルに置き、私の目をまっすぐ見つめる。


「大丈夫。あなたにはまだ、選択肢がある。何が正しいのかは、あなたが決めることよ」


 その言葉が心に響き、曇った視界に一筋の光が差し込んだように感じた。


「ありがとう、獣医さん」


「名前くらい覚えてよ。私はカトリーナよ」


 カトリーナ――彼女の名前を心に刻む。そして、その名前に恥じない決断をしなければ、と密かに決意した。



 *




 気が滅入った様子の私を気遣ってか、その後カトリーナさんと私は、他愛のない話を続けた。


 彼女が飼っている猫の話、最近流行っているお菓子や本など。まるでクロエやシンシア、それからソフィーと話しているみたいな、気軽な時間に私の荒んだ心が落ち着きを取り戻す。


「さてと、私は一度家に帰って、着替えてくるわ。あなたはどうする?」


 朝日が窓から差し込む時間になって、カトリーナさんは笑顔で問いかけてきた。その笑顔に充分救われた私は、彼女にある提案をする。


「私を……売ってください」


 彼女は眉をひそめた。


「どういう意味?」


「私を使って、金貨五百枚を手にしてください。それで、困ってる動物たちを助けてあげて欲しいです。あなたなら、誰よりも金貨を上手く使えるはずですから」


 自分が口にしたことの奇妙さは分かっている。でも、私にはもう逃げる気力がなかった。


 カトリーナさんがどんなに励ましてくれても、アシェルを巻き込んでしまった罪悪感、彼を助けられなかった後悔、そして何より、自分が無力であることへの絶望は、私を押しつぶす。


 彼女はしばらく黙って私を見つめていた。そして、静かに首を振る。


「それはできないわ」


「でも一生ここで匿ってもらうわけにはいきません。それに、治安官に金貨を奪われるくらいなら、私は自分で寄付する場所を選びたい」


(だってそれが今、私がとれる最適解だと思うから)


 カトリーナさんと話しながら、ずっと考えていた。


 彼女が私に投げかけた「何が正しいのか?」その問いの答えは、お世話になった人を救うこと。それから、何も考えず討伐してしまった、熊への贖罪の気持ちを形にすることだ。


(いまさらだけど、何もしないよりマシだもの)


 そしてこれからは何事も、一呼吸置いて考えてから行動しようと密かに誓う。


「まさか、自暴自棄になってるの?」


 カトリーナさんの静かな問いかけに、「いいえ」と首を振る。


「誰かのために生きるのは素晴らしいことだけど、でもそれは、自分の意志で選んだ道じゃないと意味がないのよ」


「私の意思です。私はカトリーナさんに金貨をもらって欲しい」


 彼女は立ち上がり、天を仰ぎ腕組みする。


「正直なところ、有り難い申し出だわ。実家と縁を切った私は、常に貧乏だから。金貨五百枚があれば、救える命は沢山ある。でも……」


 彼女は私を見下ろす。


「本当にいいの?あなたはちゃんと考えた?後悔しない?」


 なぜか、アシェルの顔が浮かぶ。


「今まで失敗続きだったから、一つくらいは誰かに喜んでもらえることがしたいんです」


 きっぱり告げると、彼女は小さくため息をつく。しかしすぐに微笑むと、頷いてくれた。


「ありがとう。あなたの善意は全て残らず、命を救うことに使わせてもらうわ」


 嬉しそうに手を握られる。


「命を救う」


 彼女の口から飛び出した言葉を復唱する。


(今まで失敗続きだったけど、今回ばかりは正解を選んだってこと?)


 自分を少しだけ誇らしく思って、頬が緩んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ