終わりへのカウントダウン5
「で、どうするの?祖国に帰るわけ?」
獣医さんの問いかけに、少しだけ悩んで、意を決して答えた。
「……はい」
「そうね。カラスのことを考えても、それがいいと思う。それにあなたはまだ十六歳なんでしょう?」
「はい」
「彼のことが好きなの?」
「……はい」
(でもその好きは、親友だからなんです)
キスしてしまったことを思い出しながら、心で付け足しておく。
「まあそうよね。好きじゃなきゃ、二人で親に内緒で旅行なんてしないものね。二人は交際を反対されてるの?」
彼女の問いに、少し戸惑いながら頷く。
「ええ。お互いの家が違う派閥に属しているせいで、認められないんです」
(それは本当のこと)
今回のことも含め、お互いの状況を考えると、私たちは本来一緒にいるのが普通な関係じゃない。
「それはまた古典的な話ね。でも、反対されるほど燃え上がるのが恋愛ってものよ」
彼女は軽く笑いながら、再びコーヒーを啜る。その明るい様子に少し救われる思いがした。
「でも、その結果、今こうなってしまったわけですから……。彼を巻き込んでしまったのも私のせいだし。全部私が悪いんです」
彼女いわく自己嫌悪モード中の私は、いじける気持ちをそのまま吐き出す。
「彼がどう感じているのかを、あなたはちゃんと聞いたの?」
彼女は眉をひそめて、問いかけてきた。
「それは……聞いてません」
「なら、自分のせいだなんて、決めつけちゃだめ。誰かに巻き込まれるかどうかなんて、本人の意思なしに決められることじゃないんだし」
彼女の言葉に、胸の中に巣食う自己嫌悪が少し和らぐ。
「……正直、彼が保安官に捕まってしまったし、どうしていいかわかりません」
弱音を吐き出す。
「なるほどね。でも、あなたが落ち込んでても、彼が戻ってくるわけじゃないわ。今は状況を整理して、できることを考えたほうが、有意義な時間の使い方だと思うわ」
彼女はカップをテーブルに置き、私の目をまっすぐ見つめる。
「大丈夫。あなたにはまだ、選択肢がある。何が正しいのかは、あなたが決めることよ」
その言葉が心に響き、曇った視界に一筋の光が差し込んだように感じた。
「ありがとう、獣医さん」
「名前くらい覚えてよ。私はカトリーナよ」
カトリーナ――彼女の名前を心に刻む。そして、その名前に恥じない決断をしなければ、と密かに決意した。
*
気が滅入った様子の私を気遣ってか、その後カトリーナさんと私は、他愛のない話を続けた。
彼女が飼っている猫の話、最近流行っているお菓子や本など。まるでクロエやシンシア、それからソフィーと話しているみたいな、気軽な時間に私の荒んだ心が落ち着きを取り戻す。
「さてと、私は一度家に帰って、着替えてくるわ。あなたはどうする?」
朝日が窓から差し込む時間になって、カトリーナさんは笑顔で問いかけてきた。その笑顔に充分救われた私は、彼女にある提案をする。
「私を……売ってください」
彼女は眉をひそめた。
「どういう意味?」
「私を使って、金貨五百枚を手にしてください。それで、困ってる動物たちを助けてあげて欲しいです。あなたなら、誰よりも金貨を上手く使えるはずですから」
自分が口にしたことの奇妙さは分かっている。でも、私にはもう逃げる気力がなかった。
カトリーナさんがどんなに励ましてくれても、アシェルを巻き込んでしまった罪悪感、彼を助けられなかった後悔、そして何より、自分が無力であることへの絶望は、私を押しつぶす。
彼女はしばらく黙って私を見つめていた。そして、静かに首を振る。
「それはできないわ」
「でも一生ここで匿ってもらうわけにはいきません。それに、治安官に金貨を奪われるくらいなら、私は自分で寄付する場所を選びたい」
(だってそれが今、私がとれる最適解だと思うから)
カトリーナさんと話しながら、ずっと考えていた。
彼女が私に投げかけた「何が正しいのか?」その問いの答えは、お世話になった人を救うこと。それから、何も考えず討伐してしまった、熊への贖罪の気持ちを形にすることだ。
(いまさらだけど、何もしないよりマシだもの)
そしてこれからは何事も、一呼吸置いて考えてから行動しようと密かに誓う。
「まさか、自暴自棄になってるの?」
カトリーナさんの静かな問いかけに、「いいえ」と首を振る。
「誰かのために生きるのは素晴らしいことだけど、でもそれは、自分の意志で選んだ道じゃないと意味がないのよ」
「私の意思です。私はカトリーナさんに金貨をもらって欲しい」
彼女は立ち上がり、天を仰ぎ腕組みする。
「正直なところ、有り難い申し出だわ。実家と縁を切った私は、常に貧乏だから。金貨五百枚があれば、救える命は沢山ある。でも……」
彼女は私を見下ろす。
「本当にいいの?あなたはちゃんと考えた?後悔しない?」
なぜか、アシェルの顔が浮かぶ。
「今まで失敗続きだったから、一つくらいは誰かに喜んでもらえることがしたいんです」
きっぱり告げると、彼女は小さくため息をつく。しかしすぐに微笑むと、頷いてくれた。
「ありがとう。あなたの善意は全て残らず、命を救うことに使わせてもらうわ」
嬉しそうに手を握られる。
「命を救う」
彼女の口から飛び出した言葉を復唱する。
(今まで失敗続きだったけど、今回ばかりは正解を選んだってこと?)
自分を少しだけ誇らしく思って、頬が緩んだ。