思わぬ人物の名が飛び出す2
ルシュのグレーの瞳を真っ直ぐ見据えた。
「ルシュは正しい。でも妹である私は、姉が自殺した理由を探る権利があると思う」
自分でも強引だと思いつつ、なんとか理解して欲しいと彼を見つめる。
「ネクロメモリア以外に、姉の記憶を探る方法があるなら教えて」
「そうだな……」
彼はしばらく黙って考える様子を見せたが、やがて小さく息を吐いた。
「ごめん、代替案なんてさっぱり閃かない」
「ルシュの役立たず」
クロエが私の気持ちを代弁する。
「うるさいな。だったらクロエが考えろよ」
「私はロッテの味方だから、もちろん協力するわよ」
クロエが私の目を真っ直ぐに見つめ、それからにっこりと微笑む。
その笑顔には一点の曇りもない。これは期待大だと、サラダを口に放り込む。
「実はね、うちの商会に匿名希望で死霊魔法の触媒として使うんじゃないかって感じの、怪しい骨格見本を取り寄せてるお客がいるって話を聞いたの」
「匿名希望?なんかきな臭いんだけど」
顔をしかめると、クロエは「でしょ?」と嬉しそうに微笑む。
「待て。匿名希望じゃ、その怪し過ぎる奴が誰かわからないだろ」
ルシュが鋭く指摘する。
「それがわかっちゃったんだよねぇ」
「え、どうして?」
思わず身を乗り出す。
「配送業者がミスしたらしくて、そのお客がうちの商会にクレームを入れてきたわけ。で、まんまと注文した人物の正体が判明したんだけど」
クロエが勿体ぶったように、ニヤリとする。
「その間抜けな奴は、俺らの知ってる人間だったのか?」
「実はね。そのお客って言うのが……」
クロエはそこでわざとらしく言葉を止め、スプーンですくい取ったスープをゆっくりと口に運ぶ。
「クロエ、誰なの?焦らさないで教えて」
「わかってるって。まったくロッテは我慢できない子だねぇ」
まるで親のような口ぶりで言うと、彼女は周りの様子を伺う。それから、私たちに顔を寄せるよう合図した。言われた通り、ルシュと一緒にクロエに顔を近づけると、ようやく彼女が口を開く。
「うちの商会に怪しい骨格見本のパーツを取り寄せるよう依頼したのは、なんとあの、アシェル・コンラッドなんだって」
「まじかよ!」
「え!?」
ルシュと同時に驚きの声を上げる。
アシェル・コンラッド。
私たちと同じ三年生の彼は、魔法の才能に溢れるも、アースの中で特に人嫌いなことで有名な人物だ。そのため、アース内では孤独な天才と呼ばれている。しかも彼の名には、得体の知れない噂が常に付きまとっていた。
例えば、彼のラボ化した寮の部屋は、いくつもの厳重な罠が仕掛けられており、入室すると生きて出られないとか。
彼の透き通るような紫がかった瞳を五秒以上直視した者は、次々に死んでいるとか。
時折、誰かを見つめて、「まさか、オーストロネシアか?」などと、呪いの言葉を、しかも疑問系で唱えていたとか。
あまりに色白な肌のせいか、実は三百年生きているアンデッド……つまり亡霊だとか。
彼に関しては、都市伝説めいた信憑性に欠ける情報が次から次へと湧き出てくる。
そんな怪しい情報の中でも、個人的に気になることは、ただ一つ。
「確かアシェルってエリザ様の弟と噂されてなかったっけ?」
「おい、流石にそこは忘れてやるなよ。数少ないアース寮の貴族仲間なんだからさ……」
どうやらビンゴだったようだ。
彼は我が家の宿敵でもある、コンラッド侯爵家の血縁者らしい。
(となると、色々と厄介そうね)
薄目を向けてくるルシュの、何か言いたげな様子はこの際無視し、話を先に進めることにする。
「とにかく、アースきっての変人……いや、天才アシェルなら、ネクロメモリアを成功させられる可能性が高いってことだよね?」
「確かに変人ではあるし、陰気な雰囲気を醸し出す不気味な奴だけど、唯一いいところはあるわ」
「魔法の才能があるってことでしょ?」
正解を確信してたずねると、チッチッチッと、クロエが指を左右に揺らす。
「それもあるけど、アシェルは臭くない」
クロエが眼鏡を押し上げながら、得意げに口角をあげる。
「あー、確かに臭くないのは、ポイント高いかも」
「うん。清潔感は仕事のパートナー選びで必要最低限の条件だし。それに彼は人間に全く興味がないから、ロッテに変な下心を抱かないし、身の安全も確保できると思う」
「くっ、まさに期待値大の逸材すぎる」
クロエと私は大きく頷き合う。
「お前ら、絶対わざとけなしてるだろ」
正義感を振りかざしたルシュに、二人まとめて睨まれた。
「失礼ね、真実を述べたまでよ」
クロエの意見に「完全同意」と頷く。
「でも、アシェルが女子に興味ないかどうかは、怪しいけどな」
「え、なんで?」
思わずたずねる。
「私の記憶が正しければ、彼は男女平等に人嫌いのはずよ」
クロエが的確な指摘を入れた。
「あいつは、アンデッドドールを作ろうとしてるって噂があったような気がするんだよ」
ルシュが思い出したといった様子で、衝撃的な情報を漏らす。
「ドールって、まさかアシェルは死人を使役させようとしてるってこと?」
まさかと、私は目を丸くする。
死霊魔法の一つに、サモンアンデッドという術がある。
これはわりと初歩に習う魔法で、死者を使役……つまりペットとして呼び出すもので、戦場で失った兵士の数を、補填するために使用されていたとされる古代魔法の一つだ。
呼び出された死者は、半透明な状態となり、一定時間こちらの命令に従うようになる。
しかし現代において、人間の死体をペット化する事は、倫理的な問題から禁止されている。そのため私たちのような死霊魔法専攻者は、動物の骨を使用しサモンアンデッドを習得した。
そして現在話題にあがったアンデットドールは、サモンアンデッドの上位互換魔法で、まるで肉体がそこにあるかのように、鮮明に死者を蘇らせる事を可能とする魔法である。
「その噂が正しければ、やっぱりうちの商会に取り寄せを頼んできた骨格見本は、死霊魔法に使うためという説がますます濃厚になるんじゃない?」
クロエの意見に「絶対そうだ」と頷く。
「しかもあいつは、なんか色々バグってるから、ドールをそっち方面に使おうとしてるって噂があるし」
「そっち方面?」
クロエと同時に首を傾げる。
「やらしい方ってこと」
ルシュがニヤリと口元を歪めると、クロエが眉をしかめた。
「くだらないこと言ってる場合?」
「学校の匿名ポストに、セクハラする生徒と、死者をおもちゃにする人がいるって、まとめて苦情を投函するよ?」
セクハラは、死者を冒涜する行為と同じく許されないと、しっかり釘を刺しておく。
「まあまあ、本題はそこじゃないし」
ルシュは悪びれず、おどけたように手を振りながら言葉を続ける。
「ドールの件はともかく、アシェルは独自に何か研究してるって噂があるのは本当だ。魔法の腕も申し分ない。となると、奴に協力させるのが、今のところ一番手っ取り早いだろうな」
「協力?あの人間嫌いなアシェル・コンラッドに?」
クロエは呆れ混じりに肩をすくめる。
しかし、私の頭の中では既に計画が動き始めていた。
どんな手段を使ってでも、アシェルをこちらの思い通り動かす方法を考えなければならない。
それが姉の真実に近づくための唯一の道であるならば、どんな変人だろうと構わない。
(私の役に立ってもらうまでよ)
パンをかじりながら、私は密かに次なる作戦を練り始めていたのだった。