表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
139/167

終わりへのカウントダウン4

「今日はありがとね」


「いえ、たまたまあそこにいたので」


 詳しく説明せずとも、彼女には伝わったようでニコリと微笑まれた。


「あいつ、この辺の地主の息子でさ。融資をしてくれるって言うから食事会に参加したら、あのザマよ。ほんと、ムカつくわよねー」


 彼女は、明るく言い放つ。


「お金に困ってるんですか?」


 カラスの治療費に、三泊で銀貨三十枚を請求された事実を思い出しながらたずねる。


「そうね」


 彼女はため息をつきながら、自分の近況を話し始めた。


「実を言うと、人間より後回しになりがちな動物相手の仕事だから資金繰りは苦しいわ。もっと救いたい子はいるけど、この店も、もう続けられないかもしれない」


「え、そんなまずい状況なんですか?」


 驚く私に、彼女は苦笑を浮かべる。


「それで、藁にも縋る思いで融資を募ろうとしたんだけどね。あいつは、私が傷物だって知ってるから、簡単に寝ると足を見られたのよ」


「えっ!」


(傷物とは、つまり……)


 結婚前に男性と深い間柄になるという、アレのことだろうか。


「私はね、こう見えて父親が伯爵位を持ってるの。だから伯爵家の娘として、それはもう大事に育てられたのよ」


 彼女は、あっけらかんとした表情で告げた。


(どう反応していいか困る)


 逃げるようにコーヒーに口をつける。


「十八の時に、とある人と大恋愛をして、深い仲になったの。でも相手には婚約者がすでにいて。それで最後に私はポイ捨てされちゃった」


「ポイ捨て……」


「で、そのことが両親にバレちゃって。しばらく国を離れていなさいと言い渡された私は、スカイギアに空送り。そこで慈善事業の一貫として熊の保護活動に参加させられているうちに、気付いたら獣医になってたってわけ」


「熊の……」


 脳裏に数週間前に仕留めた熊の姿が蘇る。


「そもそもスカイギアには熊が生息してなかったのよ。ほら空だし」


「確かに空にありますね」


 何となく上を向く。


「でも天空湖にあるキャンプ場で客寄せの目玉になるからって、熊を誘致する運動が一昔前にあったらしいの。その結果、繁殖して増えた熊を、今度は間引きしようって動きになって」


「な、なるほど」


 私は目を泳がせる。


(ええと、これは……あれだ!)


 屋敷の調理場からくすねたチョコレートを食べたことを親に見破られた時。それと同じ気持ちだと、一人納得する。


「人間のエゴで、勝手に連れて来られたり、殺されたり。そういうのを見てたら、なんだか動物のために生きるのもいいかなって」


 ニコリと微笑む獣医さんに、顔が引き攣る。


(骨をゲットなんて喜んでいたけど)


 私はとんでもないことをしてしまったのかも知れない。


(何で……何で私は、いつもそうなんだろう)


 目先の事しか考えない結果、最悪を引き寄せてしまう。


 お姉様のことも、熊のことも、家出のことも、アシェルのことも。


 一人、反省して項垂れる。


「まあ、今回のことは、いい教訓になったわ。お金が必要な人間に近づいてくるのは、たいていろくでもない連中。保安官だって、目先のお金に目が眩み、助けを求める私を無視したし」


 彼女の話を聞きながら、私は拳を握りしめる。


 自分たちの逃亡劇が、間接的に彼女にも迷惑をかけてしまった。その罪悪感が胸をよぎる。


「ごめんなさい」


 つい謝ると、彼女は笑う。


「何で謝るのよ」


「だって私たちが逃げたから、あなたは助けてもらえなかったんですから」


「あー、自己嫌悪タイムね」


「自己嫌悪タイム?」


 聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。


「そう。自分の行動に後悔して反省する時間よ。でも大丈夫。私はもう立ち直ったから」


 彼女は明るく笑う。その笑顔は、とても清々しい。


「私ね、この仕事が好きだし、誇りを持ってるの」


(誇り……)


 彼女の言葉を心の中で繰り返す。それは私が今まで持ったことのない感情だ。


「だから、あなたたちを恨んでもいないし、結果的に、私はあなたに助けてもらって、嫌いな奴から逃れることに成功した。だからあなたが気を病むことはないわ」


 励ましの言葉をかけてくれた彼女は、やっぱり笑顔を私に向けた。


「何より、あの時私を見捨てることだって出来たはずなのに、助けようとしてくれた。そのことに感謝しているわ。だからあなたは悪くない」


 彼女の言葉に、胸が熱くなる。


「ありがとうございます」


 思わずお礼を言うと、彼女は微笑んだまま頷いた。


「この世に失敗しない人なんていないわよ。失敗しても、次に活かせばいいだけ。人生なんて、死ぬまでそれの繰り返しなんだから」


 飾らぬ彼女の言葉が、胸に突き刺さる。


(失敗しても次に活かせばいい、か)


 私は数々の失敗を犯してここにいる。果たして今までの教訓から何を学べばいいのだろう。


(考えてから行動すること、人を巻き込まない、ヒステリックに人に当たらない、それから……)


 一人反省会を開いている私に、彼女の声がかかる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ