逃げる2
「屋根の上に人影が!」
「急げ」
「逃がすな!!」
私たちを泥棒扱いするような保安官たちの声が響く。
「行くぞ!」
「え、ちょっと待って!」
制止する間もなく、アシェルは助走をつけて隣の屋根へと飛び移った。
「早く!」
彼の声に促されるように、非常階段から人の気配が近づいてくる。
(やるしかない!)
気合いたっぷり走り出す。そしてジャンプする。まるで羽が生えたように、私の体は思いの外高く宙に舞う。
「っ!」
喜んだのも束の間で、着地に失敗して転びそうになる私をアシェルが抱きとめてくれる。
「まるでカラスみたいだったぞ」
「それって、褒めてるの?それともけなしてる?」
彼の腕の中にすっぽり収まり、むず痒い気持ちを抱えたまま、文句を言う。
「褒めてる。ほら、行くぞ」
パッと私から離れたアシェルに、今度は手を引かれる。
「まだ逃げるの!?」
「当然だ。彼らも建物を回り込んでくるだろうし」
「いたぞ!!」
「捕獲者には、金貨が出るぞ!」
振り返ると、先ほどいた屋根の上にわらわらと保安官たちが集まってきていた。
「金貨の効果は、どんな魔法より効果てきめんね」
ため息をつく私。
「資本主義社会だからな」
「なにそれ」
「いくぞ」
「うん」
月明かりの下、しっかり手を繋いだ私たちは、屋根から屋根へと飛び移りながら逃げ続けた。かつて経験したことのない危険な逃亡劇に、恐怖よりもなぜか高揚感を感じていた。
(確かに、私はカラスみたい)
ニヤけながら、ふわりと宙を浮く。
浮遊魔法がかかった私と彼は、走ってジャンプしてをひたすら繰り返す。
やがて、アシェルが足を止めて指さした。肩で息を整えながら、彼の指す方向に視線を向ける。すると一軒の古びた教会が見えた。屋根は一部崩れていて、使われていないのが一目でわかる。
「ここなら、しばらく身を隠せるかもしれない」
「でも、こんな埃っぽい場所……本当に大丈夫?」
「他に選択肢がないだろう」
彼の言葉に、私は頷くしかなかった。少しでも安らげる場所があるなら、それでいい。清潔を気にする気持ちは、二の次だ。
私たちはゆっくり、地上に降り立つ。背後を振り返るも、追っては巻いたようだ。あたりはシンと静まっている。
「こっちだ」
彼に導かれるまま足を運ぶ。壊れかけた教会の扉を押して内部に侵入する。中に入ると埃の匂いが鼻を突いた。
「うわぁ……」
崩れた天井からは月明かりが差し込み、冷たい光が舞った埃を照らしている。祭壇は半ば朽ち果て、彫刻の一部が崩れ落ちて床に無惨にも散乱していた。古びた木の長椅子は片方が傾き、蜘蛛の巣が張り巡っている。
かつて多くの人が祈りを捧げたであろう空間は、いまや忘れ去られた記憶の象徴のようだった。
「怖いね」
廃墟感漂う暗さと静けさが不気味に感じ、思わずアシェルの腕にしがみつく。
「ここで少し休もう」
アシェルが、祭壇で視覚になる壁を指す。
「もちろん、警戒は怠らないように」
アシェルが低く囁く。
(不気味に感じて怖いけど)
体は休息を求めている。
「了解」
息を潜めて壁に背をつける彼の隣に腰を下ろした。崩れた天井から差し込む月明かりの中で、彼が隣にいるというだけで少しだけ安心できる気がした。
「アシェル……ありがとう」
「何を急に」
彼が少し驚いたような顔でこちらを見る。
「なんでもない。ただ、あなたが隣にいてくれてよかったって心から思っただけ」
弱気になって本音を漏らす私にアシェルは答えず、目をそらす。でも、その横顔がどこか柔らかくなったように見えたのは、きっと気のせいじゃない。