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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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逃げる1

 なんとなく気まずい気持ちで、私たちは宿屋へ向かう。


(やっちゃった)


 本能のまま行動しては駄目だと、あれほど自分を自制していたはずなのに、ついアシェルを襲ってしまった。


(彼が許してくれたからいいけど、自分からキスするとか……あ)


 私は密かに重大なことに気付く。


(さっきの、私のファーストキスだし!)


 子どもの頃から夢見ていた……ような気がする初めてのキスは、こんなにも呆気なく、そして曖昧な気持ちで経験してしまった。


「はぁ……」


 ため息をつくと、グイッとアシェルに腕を引っ張られた。そしてあっという間に路地裏に連れ込まれてしまう。


「ど、どうしたの?」


 壁に背をつけた私の顔の両脇に手をつき、険しい表情で通りをうかがう彼に動揺しながらたずねる。


「ち、近くないですか?」


 彼の喉仏に問いかける。


「宿屋に近づくにつれて、治安官の数が増えている気がする」


「え、潜伏場所がバレたってこと?」


「だろうな」


 彼は私の隣に背をつけ腕を組む。密かにアシェルと距離が離れたことにホッとする。


「でも、アリダさんはいい人だったわ」


 豪快に笑い、テキパキと店を仕切っていた宿屋の中年女性を思い浮かべる。衣料品店や動物病院を快く教えてくれた彼女は、どう見ても悪い人には見えなかった。


「目の前で金貨をチラつかせられたら、誰だって心は揺れる」


 アシェルの真剣な表情を見て、ようやく事態の深刻さを理解した。


(宿屋のアリダさんがどんなに親切でも、アシェルの言うことの方が信じられるし)


「でも、どうするの? 他に行くあてもないし」


 アシェルは少し考えるように視線を下げた。


「ここでじっとしていても捕まるだけだ。身を潜められる場所を探そう」


「そんな場所、あるの?」


「適当な廃屋とか……最悪、野宿だな」


「また野宿!? 寝袋とか便利グッズは宿屋に置きっぱなしじゃない」


 声を上げると、アシェルが慌てて自分の口元に指を当てた。


「騒ぐな」


「あ……ごめん」


 彼の声が低く響き、息を飲む。


「なんとかして安全な場所を見つけよう」


 彼は顔を上げた。


「さっき路地を抜けた先に古い教会みたいな建物があった。使えそうかもしれない。調べてみよう」


「わかった。ついていくわ」


 力強く答える。


 路地裏からさりげなく姿を現したアシェルが少し先を歩き始める。私はその背中を追いながら、心の中で必死に自分を励ました。


 この街で彼と一緒に逃げ続けるというのは、きっと無理だ。それは理解している。


(でも、まだ終わらせたくない)


 ギュッと唇を噛みしめる。


 夜風が冷たく感じる中、私たちは俯きながら路地を進む。街灯の明かりがぼんやりと石畳を照らす。私は足音が響かないように、気をつけて歩みを進めた。


 その時、大通りから複数の足音が聞こえてきた。


「こちらです!目撃情報があったのはこの通りです!」


「チッ」


 アシェルが舌打ちする。私たちはまたもや、路地裏の奥へと素早く身を潜めた。


「報道されている貴族の子どもを探しています!見かけた方は必ず通報を!」


 近くで治安官の声が響き、身を強張らせる。


「シャルロッテ、屋根に上れるか?」


「え?」


 アシェルが指差した先には、古い建物の外壁に取り付けられた梯子があった。


「あれを使えば、建物の屋上まで行ける。追っ手から逃れやすい」


「でも、スカートだし……」


「今はそんなことを言っている場合か」


 彼に促され、私は仕方なく梯子に手をかけた。


(ああ、お母様に見られたら叱られそう)


 スカートが捲れるのを気にしつつ、慎重に梯子を上る。


「早く」


 急かすアシェルが後に続く。


「この先に逃げ込んだと情報が!」


 突然下から声が上がった。私たちは息を潜める。


「確認します!」


 大通りから足音が近づいてくる。


「早く!」


 アシェルが私の背中を軽く押す。私は必死で階段を駆け上がった。


 屋上に出た瞬間、ジョディアの夜景が目に飛び込んでくる。


 現代建築と、古代建築が融合する他にはない不思議な景色だ。


 遠くにはコロッセオも見える。


「歴史を感じるわ」


「いまさら遅い。追っ手が上がってくる。飛び越えるぞ」


「は?」


 アシェルが隣の建物の屋根を指差す。距離はそれほどないものの、間には確実に隙間がある。


「ちょ、冗談でしょ?」


「本気だ。僕が先に飛ぶ。その後すぐに飛べ」


 アシェルは指先で魔法陣を素早く描く。


「流れる風よ、我らが身体に浮遊の力を」


 緊張した声の詠唱完了と共に、魔法陣から緑の光が放たれる。弾け飛ぶ光は、私たちの体を包み込むと、パッと消え去った。


「え、アシェルってそっち系の魔法も使えるの」


「僕を誰だと思ってる。当たり前だろ」


 得意げな表情を見せる彼。


「さすがです、隊長!」


 かつてないほど、彼を頼もしいと思う気持ちのまま告げる。


「全く君は……」


 文句を言いながら彼も笑う。

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