まるで映画のように1
姉の手紙を読み、バックアップ結晶を手にした私たちは、ヘルマンに別れを告げた。そして、言葉少なめなまま、ジョディアの街へ戻った。
昼間は観光客で賑わう街は、日が暮れるとまるで異世界に足を踏み入れたような神秘的な姿を見せている。いたるところで見かける風化しかけた石像や、神殿といった遺跡は、月明かりを浴びて淡く輝き、より一層古代の息吹を感じさせていた。
夜風がそっと遺跡を撫でる音がかすかに聞こえる中、私はアシェルと並んで歩く。目指すは私たちの本拠地、アリダのかまど亭だ。
「大丈夫か?」
珍しくアシェルが私を気遣ってくれた。
「あなたに心配されるほど、まずい感じ?」
「帰りの列車で、一言も喋らなかったから」
「あなたが話しかけて来なかったからよ……って言いたいところだけど、何だか疲れたわ」
いつものようにアシェルに噛みつく元気をなくした私は、機械的に足を動かす。
意気消沈しているのは、姉の手紙の内容が重かったこと。それから、ヘルマンから預かったバックアップ結晶を見るために必要な魔道具シナプスレコーダーが、ここにはないからだ。
(つまり、お姉様の記憶を再生するためには、ルミナリウム王国に戻らないといけないってことなのよね……)
それに加え、フィデリス殿下から姉が奪い取った、支え合いの精神代も底を尽きそうな状況だ。
(お姉様の記憶を無視するって手もあるけど)
私の情緒不安定な原因は、エーテル不足かも知れないと姉の手紙に書いてあった。
それを知ってしまった以上、ペットショップに預けたカラスのこともあるし、この国に長く居続けるのは、無理だと思う気持ちがムクムク芽生えてきてしまっている。
(でも、家出を誘ったのは私だし……)
百メートルの呪いがある以上、私だけ帰国するわけにはいかない。
(だからって、アシェルをあの家に帰すなんて、可哀想だし)
悶々とする私の視界に、大きな噴水が飛び込んでくる。
三つの道路が交差する場所に位置し、世界で一番有名で、巨大な噴水『トリビィオの泉』だ。
「あの泉は古代水源と水道の象徴とされていて、古代アルカディア帝国に整備されていた水道の終端点らしい」
アシェルがの頭の中に蓄えられた知恵の泉が湧き出す。
「ちなみに、この周辺には観光客向けにジェラートの店が並んでるそうだ」
「食べなきゃ。ねぇ、口コミで一番美評価が高い店はどこ?」
彼の返事を待たず、決定事項として伝える。
「それは、スペルタッチで調べろってことだろうか?」
「当たり前じゃない。私の端末には親に筒抜けのSTカードしか入ってないんだから」
さりげなく、不服な気持ちを言葉にのせる。
(経費削減でアシェル分しかSTカードを買えなかったし)
もっとも、百メートルの呪いがある以上、必然的に私たちはいつでも近くにいることを余儀なくされている。だから、スペルタッチが一台しか使えなくても困ることはない。
「ふむ。キャメロン王国を訪れた、とある国の王女が新聞記者と恋に落ちる悲恋を描いた映画で立ち寄ったジェラート屋が、この辺にあるらしい」
アシェルのもたらした情報に心躍る。
「その映画見たことあるわ。『王女の祝日』でしょ?主演の女優さんがとっても可愛くて素敵なのよ」
映画では、ジョデイアを訪問中の王女様が、宿舎を抜け出し市内をお忍びで楽しんでいる時に知り合った新聞記者と、つかの間の恋に落ちる物語が描かれていた。
「身分違いの恋なんだけど、良くあるご都合主義的なハッピーエンドじゃない所が、実にほろ苦くて、切なくて。だけど、王女様の成長物語としてはハッピーエンドなのよね」
「ネタバレしているのだが」
アシェルが不満げな声を漏らす。
「ラブロマンスの映画なんて見るつもりあるの?」
「……ない」
「でしょ?じゃ、私も王女様が食べたジェラートを食べるわ」
「そういうことではなく、迂闊にネタバレをする君の配慮のなさを指摘しているわけであって」
「つべこべ言わない。行くわよ」
彼の腕に自分の腕を巻き付ける。
「おい、無駄に近いぞ」
「そういう気分なんだからいいじゃない。ケチ」
「ケチなどという問題では」
またもや文句を言い出した彼の言葉を遮る。
「ほら、早く案内してよ」
ニコリと微笑むと、アシェルはため息をつきつつ、スペルタッチの画面をチェックしながら歩き出した。