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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第一部:きっかけ
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思わぬ人物の名が飛び出す1

 悩んだ末、一番無難なパンとスープとサラダを選び、アーク寮生に割り当てられたテーブルへ向かう。


 食堂の隅にあるいつもの席にクロエと並んで腰を下ろし、先ずはパンに手を伸ばす。


「でね、二人に相談があるの」


 パンをちぎりながら、できるだけ軽い調子で言ったつもりだった。しかし、二人の視線が一斉にこちらに向けられてしまい、少し緊張した。


「それって、例のあの件でしよ?」


 スープを口に運びながら、眼鏡の向こうでクロエが瞳を輝かせた。


「もったいぶんな。早く教えろ」


 向かい側からルシュの不服そうな声が飛んでくる。


「別にもったいぶってないし」


「で、何なんだよ?」


「姉の記憶を呼び出す儀式をやろうと思ってる」


 声を落として告げた瞬間、ルシュの手が止まり、パンが皿の上に落ちる。それから彼の視線が鋭く私を見据えた。


「ロッテ、お前正気か?」


「正気だよ」


 さらりと答え、ちぎったパンをスープに浸してから口に運ぶ。


「ちょっと待って。儀式って、まさかネクロメモリアを使うってこと?」


「クロエ、声が大きいってば」


 慌てて唇の前に人差し指を立てる。


 クロエがわかりやすく口を閉じたので、先ほどの疑問に答える。


「クロエの言う通り。私はネクロメモリアを使おうと思ってる」


 口にした途端、私を見つめる二人の目が大きく見開く。


 まるで、「気でも狂ったのか」と言いたげな二人を前に、自分はとんでもないことをしようとしているのだと、改めて実感する。


 今回手を出すつもりの死霊魔法ネクロメモリアとは、死者の魂から記憶を取り出す魔法のこと。


 ネクロメモリアは、倫理観的に人の死を操ることを良しとしない風潮から、現在は禁呪とされている魔法の一つでもある。そのため、ネクロメモリアを使用したい場合、事前に魔法管理局に届け出が必要だ。


 しかし、個人的すぎる理由で使用が認められる可能性は低い上に、姉の死で傷心中の両親に、自分のことで迷惑はかけられない。


(だから、こっそりやるしかないんだけど……)


 明らかに違反を犯そうとしている私に、二人がどれほど驚き、心配しているのかは、唖然とする表情からも容易に想像がつく。


(これは、反対される流れっぽい)


 やはりそうかと、肩を落としてスープを啜る。


「本気なの?」


 クロエが眉をひそめる。


「もちろん本気。だってさ、お姉様ったらカントリーハウスにも、タウンハウスにも、それこそ寮にも、日記のようなものを何一つとして残していなかったんだよ。ひどすぎない?」


 家族の前ではなかなか愚痴れなかった分、ここぞとばかりに恨み節を炸裂させる。


「うーん。どうかな。もし私が自殺するなら、身辺整理はしておく派かな。なんか個人的なものが永遠に残されるのって嫌じゃない?特に魔導ネット上とかにさ」


「その点は安心して。お姉様は表立ってSNSをやってなかったし、万が一裏垢とかあったとしても、機密情報にあたるからすでに消去されてると思う」


 自分で口にした「消去」という言葉に、胸に棘が刺さったようにちくりと痛んだ。


「そもそもネクロメモリアって、大学の授業で習う死霊魔法だろ? 」


「うん」


「しかも死者から取り出した記憶を保管するためには、触媒が必要だって話だ」


「うん」


「何より記憶を抜くためには、亡骸がなきゃ駄目なんだぞ?」


「うん」


「それに、絶対に成功するとも限らない」


 ルシュは私を睨みつけながら、乱暴にパンを千切る。


「失敗したら、お前が呪われるけどいいのか?」


「できれば呪われたくはないけど」


 パンを咀嚼しながら、正論をかざすルシュに反論しようにも、彼の意見は何一つ間違っていないため、反論できない。


 死者の記憶に触れるという行為は、単に過去を覗き見るだけではない。呼び起こされた記憶の中に残るのは、幸せで満たされた気持ち、未練や怒り、悲しみといった様々な感情が凝縮されている。


 特に負の感情は、意思を持つかのように術者へ襲いかかることがあるので注意が必要だ。


 ネクロメモリアが大学で学ぶレベルの授業にカテゴライズされている一番の理由が、まさにそれ。


 確かなエーテルコントロール技術と精神力がなければ、術者自身が破滅する危険を孕む、まさに諸刃の剣とも言える魔法なのである。


「やめとけ」


 ルシュがため息をつき、スープをかき混ぜる。


「なんでよ」


「よく考えろって。あれは禁呪だし。危険すぎる」


「でもお姉様がどうして自殺したのか。その理由を解明しない限り、残された家族は一生自分のせいだって、責めるしかないんだよ?」


 思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を閉ざす。


「ちょっとルシュ。いくら正論だとしても、頭ごなしに『無理だ』連呼はひどいって。ロッテだって苦しんでるんだからさ」


 私の肩を持ってくれたクロエがルシュを睨みながら、器用にスープを口に運ぶ。


「本気で心配してるんだよ、俺は。いいかロッテ?お前のエーテルコントロールスキルは、まだ安定してない自覚があるだろ?」


「それは……」


「実力がない奴が手を出したらどうなるか、教えるまでもないよな?」


 定期的に報道される、魔法失敗の末に起きた悲惨な死亡事故のニュースが脳裏によぎる。


(でも、私はやるって決めたし)


 家族から遠回しに、「姉を殺した」と責め続けられる人生は嫌だ。


「だったら打開策を提案してよ。あいにく私には、この作戦しか残されてないんだし」


 静まり返った空気の中で、私の声が低く響いた。

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