カラスを救いたい
ヒステリックを炸裂させながらも、遺跡を一日かけて見学した翌日。一晩ぐっすり寝て目覚めた私の気分は、かなり良くなっていた。
「睡眠不足と不潔は、精神衛生上良くないってことが証明されたわ」
ふふふんと鼻歌を歌えるくらい、復活した私を見たアシェルは、「人間の適応能力の成せる技だ」なんて笑っていた。
「さてと、今日はどこを観光する?」
宿屋の一階で朝食を終え、部屋に戻った私は遺跡観光のリベンジに燃えていた。
しかし、そんな私を嘲笑うかのように、エテルナキューブを吐き出したカラスが、食事を受け付けなくなってしまった。
「どうしよう。リンゴも肉も食べなくなっちゃったわ」
埃っぽい部屋で、テーブルに置いた鳥かごの中を覗き、ため息をつく。
最初は羽を膨らませ、時差ボケで寝ているように思えた。しかし今では、止まり木に留まるのもやっとという状態だ。ケージの中でじっと丸くなり、ほとんど動かない。息遣いも弱々しい気がするし、トロンとした目をしている。
「エテルナキューブのことで頭がいっぱいで、当たり前のように遺跡を連れ回しちゃったけど、私たちですら疲労困憊なんだもの。きっと疲れちゃったわよね。ごめんね」
申し訳ない気持ちで謝罪した。けれどカラスからは返事がない。
(でもこれが当たり前なのよね……)
姉に魂を乗っ取られていた状況の時は、「あれが食べたい」「こうしたい」と、うるさいくらい自己主張していたカラスのクラウディア。そんな環境に慣れているせいで、何も話してくれない状況はもどかしい。
けれど本来、野生のカラスなのだから、人の言葉は喋れないのは普通のこと。
(でも、何とか元気に戻ってもらわないと)
勝手にエテルナキューブを飲み込んだとは言え、こっちの事情に巻き込んだ上に、数ヶ月ほど一緒に暮らし、愛着もある。
「イナゴ……そうだわ。イナゴを食べたいって言ってたわ」
私は振り向き、長椅子に座るアシェルを見つめる。
彼が広げる新聞には『白昼の逃走劇。ばら撒かれた金貨!侯爵令息と令嬢は以前行方不明のまま』という大きな見出しが踊っている。
(金貨を駅でばら撒いたのは、一昨日なんだけど)
情報規制がかかっていたのか、それとも裏取りして、記事にし、印刷する手間のせいなのか。新聞の情報には、幾分タイムラグがあるようだ。
(まぁ、私にとって、情報が遅延するのは悪いことじゃないからいいけど)
キャメロン王国民向けに発行される新聞の見出しになっている状況は望ましくない。
「露天に行けば売ってそうではあるが」
広げた新聞で顔が隠れたアシェルから、突如意味不明な声が飛んできた。
「え、何が売ってるの?」
私の問いかけに、彼はバサリと新聞を下ろす。
「君が言ったんだろ。イナゴが食べたいって」
鋭い視線を向けられた。
「悪いが僕はパスだ」
「私もパスに決まってるでしょ。食べるのは私じゃなくて、この子よ」
かごの中を指差す。
「だったら、イナゴを探すより、先ずは獣医に見せた方がいいんじゃないか?」
「……確かに」
彼のごもっともな指摘に、いよいよ覚悟する時が来たようだと、ため息をつく。
魔法で髪色や目の色を変えるているとは言え、私には金貨五百枚の懸賞金がかかっている。獣医に見せる場合、慎重にならないと危険だ。
(身元が明かされる危険を犯すのは怖いけど)
だからって、この子を見捨てるわけにはいかない。
「アリダさんに、腕の良い獣医を教えてもらってくる」
決意した私は、部屋を飛び出し宿屋の女将こと、アリダさんの元に向かうのであった。