遺跡4
「私ね、お姉様のことを憎んでた。でも同時に、大好きだったの」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
まるで誰かが黒いインクを零したかのように、夕陽が私の影を古代劇場の石段にまで伸ばしている。その長い影を見つめながら続ける。
「矛盾してるって分かってる。でも、嫌いじゃなかったのは、本当なのよ」
まるで私の言葉を理解したかのように、カラスが小さく鳴いた。
「今思うと、本当に嫌いだったのは、お姉様じゃなくて、彼女に嫉妬して彼女を避けていた自分自身なのかも知れないわ」
認めると、少し心が軽くなった。
「シャルロッテ、それでも君は諦めてないだろう?」
彼の言葉に、肩をすくめる。だってわからないから。
「ほら」
アシェルが差し出したのは、さっき地面に投げつけたエテルナキューブだ。夕陽に照らされて、中に閉じ込められた気泡がほのかに輝いている。
「それはもう、要らない」
私はエテルナキューブから視線をそらす。
「でも、君が持つべきだ」
有無を言わさぬ勢いで、エテルナキューブを握らされてしまう。
「これはもともと、あなたの持ち物じゃない」
彼の手に押し返そうとする。しかし、アシェルは素早く手を引っ込めてしまった。
「このキューブの中に、君の姉の記憶の欠片はもうない。でも、君が今までやってきたことは詰まっている」
「でも、これを見たら絶望的な気分になるから、きっとまたイライラしちゃうわ」
「それでも、君が始めたことなんだから、最後まできちんと責任を持つべきだ」
古代劇場に染み込むように赤く染まる空を見上げながら、私たちはしばらく何も言わずに座っていた。
その静かな時間が、私の荒れすさんだ心を癒してくれる。
「エテルナキューブのように、僕らの人生なんて、輝いたと思ったら、失敗続きで、何をしても最悪な状況に行き着くように出来てるのかもな」
彼は肩をすくめる。
「でも、諦めて妥協しながらも、死ねない僕は生きていくしかない。それに」
彼は言葉を切った。
「それに?」
「それに、怒った君と遺跡を巡るのは、案外スリル満点で悪くなかった」
夕陽が彼の頬を赤く染めているのか、それとも別の理由なのか、分からない。
カラスが鳴いた。その声が、まるで古代劇場の観客たちの笑い声みたいに響く。
「そうね。あなたの解釈つきの遺跡巡りは、まあまあ……悪くなかったわ」
私はエテルナキューブを握りしめる。
「ねぇ」
「ん?」
「全てが終わったら、もう一度。ちゃんとあなたの解説で遺跡を見学しなおしたいわ」
アシェルがニヤリと微笑む。
「石を蹴らないなら、付き合ってやろう」
「残念。それは、約束できないわ」
思わず、くすりと笑みがこぼれた。
夕焼けの光が、私たちの影を重ねて、一つの長い影にする。
古代劇場の石段に細く伸びるその影は、まるでアシェルと私で演じているお芝居の一場面みたいだと、私は思った。