遺跡3
「なによ?」
アシェルを睨む。彼の紫の瞳が夕陽に染まり、不思議な色に煌めいていた。
「僕は、最後まで君に付き合うよ」
アシェルは小さく笑う。
「初めてできた、友達だから」
古代劇場の階段席に置いた私の左手は、指先から手の甲へ。遠慮がちに侵攻してくる彼の手に完全に包まれてしまう。
自分の左手に視線を落とす。生かされていると口にする彼の手は大きくて、少しガサガサしていて、粉っぽい気もするけれど、丁度いい体温で私の手を完全に包みこんでいた。
それは全然嫌な気持ちじゃなくて。
「そんな言い方をするなんて、ずるいわ」
動揺して、強がる言葉が口から飛び出す。
そんな私の脳裏に浮かぶのは、今日までのこと。
彼は他人なのに、私のワガママにずっと付き合ってくれて、何度もピンチを救ってくれた。私以上に理不尽な世界に置かれ、十六年も自分を殺そうとしながら生きてきた人なのに。
(今日一日、彼に酷い態度を取ってたわ)
なんて最悪なんだろうと、ため息と共に脱力する。
「ごめん」
自然と出た言葉に気まずくなり、俯く。
「……ごめんなさい。いまさらだけど」
薄茶色の粉まみれになったブーツのつま先を見ながら、彼に謝罪する。
「確かに今日の私はおかしいわ。遺跡を楽しむあなたの邪魔をしたことを後悔してる。ごめんなさい」
彼からの返事はない。そのせいで余計気まずさを感じる。
「でも、時々自分でもわけがわからなくなるの。お姉様がいない世界を望んでいたのに、今の私は、お姉様がいなくなった世界を不安に思って怖いから」
居心地悪い沈黙を埋めるように、話し続ける。
「お姉様が消えれば、私の中の憎しみも消えると思ってた。でも違う」
彼が私の手を少し強く握る。
「憎しみは消えないの。形を変えて、今も私の中で暴れ続けてる」
(なんで、こんな弱音を吐いてるんだろう)
自分でも不思議だった。
夕焼けに染まった劇場の空間で、まるで私は舞台女優になったみたいに、一人で独白を続ける。
「お姉様が自分で死を選んだ。それが許せなくて、私はずっとイライラしてる」
棺の姉を見下ろした日からずっと、それは消えない。
「そんな気持ちに決着をつけたくてここまで来た。でも、何もできない。何も変えられない。きっとこの先だって、何も」
(姉に心を支配されたまま、一生を終えるんだ)
整理すればするほど、どん底な状況に気付いて、やっぱり落ち込む。
「シャルロッテ……」
彼は私の名前を呼んだ。
「なに?」
問いかけたけれど、彼から返事はない。チラリと横目で彼をうかがうと、まるで正しい言葉を探しているかのように、古代劇場の舞台を見つめている。
仕方がないので、カラスを確認する。
「大丈夫?」
カラスに声をかける。すると、黒い瞳が私を捉えた。そして何か言いたそうに口を動かしたので、慌てて耳を澄ませる。けれど、カラスは「カァー」としか鳴かない。
「全然分からないわ」
(エテルナキューブを吐き出したんだから、それが普通なんだけど)
やっぱりカラスをカラスだと認めたくない気持ちがこみ上げる。
「君がクラウディア様に抱く気持ちを、僕には正確に理解できない。だから分かるふりをするつもりもない」
カラスを見つめつつ、アシェルが語りはじめた声に耳を傾ける。
「でも、君が今日まで前に進もうと必死だったことは、そばで君を観察してた僕は知っている」
静かに紡がれた彼の言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「今日の君は正直、最悪だった。でも、僕に謝罪して、自分の気持ちを整理するために、本音を明かした。だから」
彼は一呼吸おく。
「君を取り巻く状況は、確実に変化している」
力強く放たれた彼の言葉が、心に刺さる。
「そうだといいんだけど」
「そもそも、足掻くこと、迷うこと、苦しむこと。それと、誰かに怒りをぶつけること。それは、君が強いからできることだ」
アシェルの手に力が込められた。
「僕はもうずっと、君とは真逆に生きてきたから、よくわかる」
「真逆?」
「妥協して諦める生き方を選択してきた。だからこそ、君は強いと言い切れるのさ」
アシェルの言葉に、何かが胸の奥で弾けた気がした。