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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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遺跡2

 私たちはコロッセオ周辺の古代遺跡や博物館などを見て回った。けれど、エーテルキューブは反応しなかった。


 一日中歩き回って、空が茜色に染まり始める頃、私たちは古代劇場の遺跡にいた。


 丘陵地帯にある半円形の古代劇場。階層式となった観覧席に腰掛け、歩き疲れた身体を休める。風化しかけた石は、ゴツゴツして座り心地が良いとは言えない。


「……はあ」


 全てが上手く行かず、ため息をつきながら肩を落とす。丸めた背中が、まるで世界中の疲れを背負っているかのように、ひどく重い。


「アルカディア帝国は、世界で初めて民主主義的な意思決定のプロセスを取り入れた国家だ。市民の意見を集約するには広い場所が必要。だから、多くの人数を収容できる場所として円形劇場は発展したらしい」


 パンフレット片手に語るアシェルの解説を聞きながら、中央の舞台に差し込む夕焼けを眺める。


「アルカディア帝国衰退後は、要塞や避難所として使用されていたようだ」


「結局のところ、観光地化された遺跡なんて、やっぱりただの石の山だったわ」


 今日の総括を口にすると、アシェルが黙り込む。


「もちろん、崩れた柱や風化した壁に古代の名残を感じることは、私だってできるわ」


(でも、それがどうしたって言うの?)


「エーテルが濃いかも知れないから何とかなるなんて、期待した私は愚かだった。それが今日一日の成果よ」


 私は、手のひらにのせたエテルナキューブを見つめる。冷たい結晶の表面は、ただのガラス玉みたいに無反応。光らないし、何の変化もない。ただの透明なおもちゃだ。


「結局、私は何も変えられないし、誰も救えない」


 横に置いた鳥かごに目を向ける。中にいるカラスは、私の絶望的な気持ちを代弁するかのように、ぐったりと羽を垂らしていた。


「私がすることは、全部失敗。何をしたってお姉様は生き返られない。だって死んでるんだもの」


 エテルナキューブを握りしめる。


「結局、今までしたことは全て意味がないことだったんだわ」


 自分の手で終わりにしてやると、エテルナキューブを地面に投げつけた。私の手から離れたエテルナキューブは、割れもせず、ただ転がっているだけ。


 まるで私を嘲笑っているかのようだ。


「意味があるかどうかは、最後にならないと分からないさ」


 当たり障りのない返事。


(そういうのが一番嫌い)


 さらに、彼の声には私に対する気遣いが含まれている。


(それも、うんざりする)


 気遣われてもエテルナキューブは光らないし、カラスもぐったりしたままだ。


(結局お姉様がいなくなって、私はもっと苦しんでるわ)


 全てに対し悔しくて、腹が立って、私は空を見上げた。


 空には、吐き出すように広がる夕焼けが染みついていた。まるで誰かが空にワインをこぼしたみたいに、赤と紫が混ざり合って、どろどろと流れている。


(綺麗なものを見ても、気持ちは晴れないのね)


 こっちの気持ちなんてお構いなしに、勝手に空は美しく染まる。


(コロッセオで人が殺されていた時も、お姉様が追い詰められていた時も)


 きっと昔から、こうやって誰かの気持ちとは無関係に、空は綺麗に染まり続けてきた。古代最大の帝国と言われる時代の偉大な遺跡を前に、無力な自分を強く感じる。


「拾っておくぞ」


 アシェルが地面に落ちたキューブを拾い上げた。彼の手の中で、透明な表面に夕陽の光が反射したエテルナキューブは、一瞬だけ黄金色に輝く。けれどその光は、すぐに消えてしまう。


「もういらない。あなたに返すわ」


 彼は黙り込み、手にしたエテルナキューブを見つめた。


(そう、黙っているのが一番いい方法よ。だって、何も言わなければ、誰も傷つかないもの)


 でも人は黙っていられない生き物だ。だから二千年前も今も、人は殺し合う。


 観光客たちが笑顔で写真を撮る姿が視界に入る。そのたびに、何かが胸の中でぐるぐると渦を巻いた。


(笑って、楽しんで、馬鹿みたい)


 この世界全部が憎たらしい。


「私も、そしてこの世界も全部消えちゃえばいいのに」


 気付いたら、そんな言葉を吐き出していた。


「シャルロッテ。君は少しだけ、エーテル不足なのかも知れないな」


 アシェルが小さな声で告げた。


「勝手に人の健康を分析しないで。私は普通よ」


「でも今日の君は、少し……いや、だいぶヒステリックだった」


「もともとこういう性格なの。面倒だと思うなら、私を置いて行けばいいじゃない」


 言葉とは裏腹に、か弱い声になってしまう。


(嘘、いかないで)


 イライラする気持ちと、今のどうしようもない愚かな自分を彼にどうにかして欲しいと願う気持ち。


 真逆の気持ちが同時に湧いて、私は泣きたくなる。しかし、気持ちとは裏腹に涙は出なかった。


(お兄様の言う通りだわ)


 私は冷たい人間なのだろう。


 認めた私は、唇を噛み締める。


 その時、彼の指先がベンチに置いた私の左手に触れた。

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