遺跡1
遺跡の街ジョディアには、世界中の観光ガイドブックの表紙を飾りそうな名所が、これでもかというくらい点在している。石畳の広場には巨大なアーチ状の門がそびえ立ち、アルカディア帝国時代に整備された水道の終端点として有名な大きな噴水。それから巨大遺跡のコロッセオなどなど。
観光のスポットの名所としてその名が全世界に広まっているせいか、どこも混雑していた。
そんな中、私はポケットにエテルナキューブを入れ、カラスを入れた鳥かごを両手に抱えながら、遺跡を見学した。
「火山灰を利用したコンクリートを利用してるのか」
アシェルは崩れかけた壁に触れる。
「現在のように鉄骨を使用しない構造であるにも関わらず、二千年の間に幾度も起きた地震に崩壊しなかったのは、全体が楕円筒形で力学的に安定しているからなんだな」
アシェルは当時、約五万人を収容できたという巨大な円形の競技場――コロッセオを見上げて感極まっている。
彼の声を聞き流しながら、ポケットからエーテルキューブを取り出す。時間の経過で薄汚れたレリーフが彫られた壁に何となく当ててみるも、何の反応もない。
「ねぇ、全然光らないわ」
「石造りの建築物は、重苦しく単調になりやすいものだ。しかしここは、階ごとに柱のスタイルを変えてある。つまり」
アシェルがまるで先生のように、期待のこもった視線を私に向けた。
「美術的にも優れた建築ってこと」
「その通り。きっとあのアーチを描く外壁には、当時名を馳せた剣闘士たちを象った、美しい彫像が飾られていたに違いない」
興奮気味に外壁を見つめる彼は、子どものように目を輝かせている。
「確かにすごいんだろうけど、ただの傷だらけの石じゃない」
エテルナキューブが反応しないことで、いらつく私は周囲に人がいないのをいいことに、地面に落ちていた小石を蹴る。
私の蹴った小石は、壁に当たり止まった。
「なにしてるんだよ!」
アシェルは怒った声を上げた。
「 石を蹴っただけじゃない。 それにここは、市民に娯楽を提供するために殺し合いをしていた場所なんでしょ?そんな所を、有り難く眺めるなんて、小石を蹴るよりどうかしてるわ」
込み上げる苛立ちのまま、言い返す。
アシェルは深く息をつき、冷静さを取り戻そうとするかのように一瞬目を閉じた。そして、ゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。
「確かに、この場所には暗い歴史がある。それは否定できない。でも、ここにはそれだけじゃなく、当時の人々の技術や情熱が込められているんだ。だから僕たちは、ただの『傷だらけの石』以上の意味を見出すべきなんじゃないか?」
諭すような彼の言葉は理屈としては正しいのかもしれない。でも感情は違う。私の中で渦巻く苛立ちは、正論で詰められても簡単には消えない。
「それがどうしたっていうの?どんなに素晴らしい技術が使われていたとしても、結局は人を苦しめるために作られた場所じゃない」
口にしながら、どんどん怒りが込み上げてくる。
「さっきみた説明パネルには、人が殺し合う残酷な絵が描かれていたわ」
壁に貼られたコロッセオの歴史について書かれたパネルを指差す。
そこには命乞いをするように、手を突き出し床にしゃがみ込む人に、槍を突き刺すような絵が描かれていた。
「戦意を失った人にトドメを刺すみたいに、とても残酷な絵だった」
息巻いて告げると、彼の表情が少し曇る。
「時代が進むにつれ、罪人の処刑場としても利用されていたようだから」
アシェルはさっきより小声になった。
「それに文明の衰退とともに、高度な技術をもった剣闘士を養成することができなくなった。その結果、次第に捕まえた捕虜同士に殺し合いをさせるようになったんだ。きっと、戦で身近な人を失った人たちにとって、憂さ晴らし的な意味もあったんだろう」
彼の声がさらに小さくなる。
「捕虜にだって、故郷に家族はいたはずよ」
反論しながら、エテルナキューブをポケットに戻す。
「話し合いで物事を解決することが当たり前になった、そんな平和な時代に生きる僕らには、当時を生きていた人たちの感情なんて、すべて理解できるわけじゃない」
彼の声は少し沈んでいた。その表情を見て、私も少しだけ言い過ぎたかもしれないと思い始めた。けれど、素直に謝る気にはなれなかった。
沈黙が私たちの間に流れる。周囲の観光客たちの喧騒が遠くから聞こえてくる。
とても楽しそうで、それが癪に触る。
「……でも、僕はここに価値を感じる。この場所の歴史も、暗い部分も、全部含めてだ。人間が作り上げたものとして、僕たちは学ぶべきだと思う」
彼はそう言うと、遺跡に背を向け歩き出す。
私は納得できず彼の後ろ姿をみつめる。
(悪意ある言葉だって、人を追い詰めて殺すことはあるわ。お姉様がそうだったように)
結局二千年前と変わらない。誰かの憂さ晴らしで人は殺され続けている。
(今この瞬間だって)
鳥かごを持つ手に力を込める。