歴史残る街ジョディア2
服を洗濯中である私たちは、外出はさすがにやめておこうと意見が一致した。そこで、夕飯は一階の食堂、『アリダのかまど亭』で取ることにした。
(借り物の寝巻きでウロウロするとか、スリル満点すぎる)
不安な気持ちで一階に降りた私は、すぐにそんな心許ない気持ちとお別れをした。
空腹を満たすために注文した、御当地グルメのパリッと香ばしい生地のピザと、とろりとしたチーズが入ったライスコロッケ、それから新鮮な野菜を使ったサラダが、あまりに美味しかったからだ。
それから二階の部屋に戻り、私とアシェルは狭い部屋でピタリと張り付くシングルベッドにそれぞれ横になる。
部屋の灯を消す。ベッド脇の小さな照明だけで照らされた部屋は、思ったより暗い。狭い部屋には、早速一階で酒盛りを楽しむ大人たちの弾む声が響く。
(お酒を飲めたら、嫌なことも忘れられるのかしら)
山賊のようにワインをがぶ飲みし、家族にくだを巻いていた父を思い出し、「いや違うな」と、即座に否定する。
ベッドの硬さに体を馴染ませながら目を閉じると、ここ数日の出来事が押し寄せてくる。詐欺師に騙されたこと、野宿したこと、金貨をばら撒き追手を振り切り、列車を乗り継ぎ、知らない街にたどり着いたこと――それらはあまりに、非現実的すぎることばかりだ。
(これは夢?いいえ、現実だわ)
自問自答する私に隣から声がかかる。
「眠れそうか?」
彼の声はかすれ気味で、少し疲れた様子だった。
「うーん、まだ。なんだか、頭の中がごちゃごちゃしてて」
彼に背を向け、埃っぽい枕に頬を押し付けながら答える。
「エテルナキューブについて、珍しく僕に問いただせないことに起因することなのか?」
彼の言葉は真っ直ぐで、痛いところを突いてくる。
「そうね。確かにエテルナキューブが光を失った件について、私はあなたに怖くて聞けないでいるわ」
これ以上誤魔化すのは無理だと、本音を明かす。
「無理に話せとは言わない。少しは気を抜いたらどうだ? 今日くらいは何も考えずに休んだらいい」
「そうね……ありがとう、アシェル」
思いがけない優しさに、少しだけ気持ちがほぐれる。
「ねぇ、どうして光らないのかな?お姉様の魂はちゃんと中にあると思う?」
自分なりに答えはもう出ている。けれど、未だ私の中に根深く残っている姉への未練を断ち切りたい気持ちもある。
(なんかもう、色々考えるのも疲れちゃったし)
だから、思い切って質問してみた。
「僕は専門家ではない」
前置きしてから、彼は話し始めた。
「昨日も話題に上がったが、このあたりはエーテルが極端に少ない地域だ。だから、魔導具にかけた効果が切れかけているのかもしれない」
「やっぱりそうなんだ」
わかっていても、落胆する気持ちに襲われる。
「そもそもエテルナキューブは、エーテル濃度が高いとされる、ルミナリウム王国での使用を前提として設計された魔導具だ」
目を閉じ、エテルナキューブを思い出す。ルミナリウム王国では、記憶の痕跡を閉じ込める前に、エテルナキューブはすでに虹色の輝きを放っていた。
(それで、アシェルのネクロメモリアが成功して、青白く光るようになった)
それが今や、光を失い、まるでただの石ころのようになっている。
「じゃあ、お姉様の魂は?」
「……放出された可能性が高い」
アシェルの決定打となる言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「つまりお姉様が、本当にいなくなってしまったってこと?」
声が震える。
「そもそも、君の姉はもうとっくにいない」
アシェルはもうずっと、そればっかりだ。
「ちなみにカラスが衰弱している理由も、エーテルが関係しているのではと、僕は睨んでいる」
「どういうこと?」
「クラウディア様の魂の欠片は、長いことカラスの中にいて、カラス自身の魂に影響を与え続けていた」
淡々と説明する彼の声が響く。
「つまり、カラス自身の魂が消耗し続ける状況に置かれていたと言える」
「そうね。死体に残る魂に触れることは、かなり危険な行為だと言うのは、授業で習ったわ」
「それに加えて、カラスそのものもルミナリウム王国に住んでいた個体ならば、エーテルが少ない環境に適応できていないのかもしれない」
「じゃあ、この子も助けられないの?」
「それは……」
アシェルは私の問いに言葉を詰まらせた。
「あくまでこれは、希望的観測に過ぎないが、エーテルの濃い地域に戻れば、何とかなるかもしれない」
「エーテルの濃い地域……例えばジョディアの遺跡とかはどうかしら?」
アシェルが目を輝かせていた遺跡には魔法陣に使用する古代語が記されていた。だとすると、遺跡は魔法と関係深い地域だったと考えられる。
「可能性はある。遺跡から発掘された秘宝の中に、魔導具のようなものが存在するからな」
「そうなんだ……」
(まだ、可能性はある)
その言葉は、彼の口から明かされた情報で、今日一番心が弾むことだった。
暗闇の中、微かに聞こえる騒がしい笑い声とグラスが触れ合う音の中、アシェルが身動きする音がした。
つられたように私も、狭いベッドの上で寝返りを打ち、天井を見つめる。
木の梁には微かにひびが入り、節目がところどころ歪んでいる。照明のランプから漏れる淡い光が天井の木目を照らし影を作っている。そのせいで、天井の隅に、見落とされている小さな蜘蛛の巣が揺れているのが見えた。