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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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歴史残る街ジョディア1

 いくつもの列車を乗り継いでたどり着いたのは、古代最大の帝国と言われる、アルカディア帝国時代の遺跡が残る街、ジョディアだ。


 別に駅の壁に貼ってあった「歴史を歩む冒険へ」を実行したわけではない。姉のネット友達テミスが、この街から比較的近い場所にいるという、彼女から事前にもたらされていた情報を信じたからだ。


 ジョディアの街は、歴史と現代が融合した独特の雰囲気を持っていた。


(まるで、時を超えた物語の中に迷い込んだかのような、不思議な雰囲気だわ)


 観光客丸出しでキョロキョロしてしまうのは、遺跡がそのままの形で街の中心部にあり、普通の通りを歩いているだけで、突然石柱やアーチ、古代の壁などに出くわすことがあるからだ。


 石畳の道は狭く、曲がりくねっている。道端に連なるように立つ建物は、どれも温かなオレンジやクリーム色を基調としており、可愛くて心踊るものだ。


 しかも窓辺には、道歩く人を歓迎するように、赤や紫の花が咲き誇っている。


 古びた木の扉には時代を感じさせる鉄の装飾が施されており、そっと触れると、何世紀も前の生活の音が蘇る気がした。


(……なんて、観光気分はここまでよ)


 道端に倒れた石碑の謎めいた模様に、アシェルは好奇心と興奮を隠せない様子で張り付いている。そんな彼の背中に向かって声をかけた。


「さぁ、アシェル。まずは寝床の確保よ」


「あと少し。この遺跡は、絶対に二千年前の代物だ。ほら、見てみろ」


 アシェルが指さす方を見ると、なるほど石碑には奇妙な記号が刻まれている。


「古代文字だ。 この記号はを『行進』を意味する」


「へぇ……」


「そして、ここの部分は『我を崇めよ』という意味だ。つまり、この石碑は神殿への巡礼を呼びかけていて」


「もう、アシェル。早く寝床を確保しようよ」


 ジャケットの背中を引っ張る。


「君は、常日頃から自らが描く魔法陣の元となる文字のオリジナルを前に、よく平静でいられるな」


 信じられないといった表情を向けられた。


「悪いけど、これ以上お風呂に入れない日々が続くようなら、いますぐ治安官事務所に駆け込むわ」


「……わかった」


 私の脅しは効果抜群。彼は渋々石碑から身を剥がしてくれたのであった。



 ✳︎



 湯船に浸かると、熱いお湯が疲れた身体をじんわりと包み込んでくれた。


 追手を振り切り、両手で数えるほど列車を乗り継いでようやく辿り着いたジョディアの宿屋。


 小さなバスルームは粗末だけれど、こんなにもありがたく感じたのは久しぶりだ。


 お湯の表面にそっと手を浮かべて、ため息をつく。


 キャメロン王国に到着してから、目まぐるしい逃亡生活だったけれど、少しだけ心に余裕が戻った気がする。窓の外では遺跡の街らしく、古めかしい鐘の音が遠くから響いていた。


「さて、名残惜しいけど、そろそろ出ようかな……」


 湯に浸かることで気力が戻った私は、お湯から上がり、借り物の寝間着に身を包む。


「ゴワゴワしてるけど、清潔ってだけで、どんなドレスより素晴らしく思えるわ」


 髪をざっとタオルで拭きながら部屋に戻る。


 ドアを開けると、経費削減のため同室となったアシェルが長椅子に腰掛けていた。スペルタッチを封印した彼は、ジョディアの遺跡分布地図に夢中な様子で、お風呂上がりの私をチラリと見ようともしなかった。


「順番を譲ってくれてありがとう。お陰で生き返ったわ」


 頭を拭きながら、彼の視界に入り込む位置に移動する。


「その様子だと、譲って正解だったみたいだな」


 遺跡分布地図から顔をあげて、アシェルが苦笑いする。


「ええ。石鹸で腕を擦ったら、茶色い泡が出る体験はなかなか興味深かったわ。できればそう何度も経験したくはないけどね」


 すべすべになった腕を見つめ、ニンマリする。


「新しくお湯をため直してるから、アシェルもどうぞ」


「そうさせてもらう」


 彼はテーブルに地図を置いて立ち上がる。


「あ、着ている服は、メイドに洗濯をお願いするから、外に出しておいて」


「まだそんなに汚れていないと思うが」


「駄目よ、あなたが風上に立つことだってあるんだから」


 思い切り薄目を向け、忠告しておく。


「……わかった。君はつくづく……いや、なんでもない」


 言いかけた言葉を飲み込み、アシェルはお風呂場に消えて行く。


「気になるじゃない。でもきっと、箱入り娘だって言おうとしてたに違いないわ」


(でもまぁ、この旅で誰よりもそれは実感してるし)


 所詮私は、性格に難ありと評されていたところで、大きな世界に飛び出してみれば、侯爵家の娘らしく温室育ちであることを否めない。


(金銭感覚もそうだし、清潔に対する執着もそう)


 その他細々した部分で、世間一般と少しズレているのを身に沁みて実感する数日だ。


「これじゃ、探検家にはなれそうもないわ」


 彼が座っていた長椅子に一息ついて、腰を下ろす。


 外から差し込むオレンジの光が、薄汚れた窓を通して部屋の中に舞う埃を照らしている。


 本日宿泊することになったのは、『アリダのかまど亭』というこじんまりとした宿だ。一階はそのまま食堂になっていて、今も賑やかな声が部屋の中に響いている。


「プライバシーの配慮ゼロだけど、屋根がある。お風呂に入れる、何より料金がリーズナブルだもの。最高な宿だわ」


 口にして、ルミナリウム王国にいる時より、幸せの基準がかなり下がっている自分に気付く。


「でもそれって、小さなことでも喜べるようになったってことだから、悪いことじゃないわよね、お姉様」


 鳥かごに向かって声をかけるも、姉からの返事はない。


「明日になっても元気がなかったら、獣医さんを探して、一度見てもらうべきかも」


 暗い気分になりかけた私は、浴室のドアの前に移動し、彼が着ていた服を持ち上げる。


「このシミ、落ちるのかしら?」


 茶色の染みがついた服を畳み直していると、浴室から湯が当たったり、跳ねたりする音が聞こえてきた。


「気持ちいい?」


「うわ」


 扉の向こうから、慌てたような声が聞こえてくる。


「そんなに熱いの?」


「いや、違う。ただ」


 バシャリという湯の音の後、アシェルの困惑する声が聞こえてきた。


「僕は今、裸なわけで、無防備すぎて落ち着かないというか。なんというか」


「流石に今は襲われないと思うけど。変身もしてるし、部屋の中だし」


「それはそうだが、万が一君が僕を襲わないとも限らないわけで……いや、何でもない」


 バシャリという派手な水音とともに、アシェルの声が遠ざかる。


「……失礼ね。流石に襲ったりしないし。じゃ、私は洗濯をお願いしてくるわ」


(普通は、気の使い方が逆だよね?)


 私は気を取り直して立ち上がり、洗濯係のメイドを探しに一階へと降りることにしたのだった。

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